『制服に身を包んだ満洲国皇帝時代の溥儀』

1945年8月18日は、清朝最後の12代皇帝にして満州国皇帝の溥儀が退位し、満州国が消えた日である。
1908年にわずか2歳と10カ月で清朝の12代皇帝に即位したことに始まり、清朝の崩壊と同時に退位、帝政復活を目論む張勲復辟事件により復辟(再即位)、13日での退位、満州事変後の満州国執政就任、そして退位後日本への亡命中に拘束されて、ソ連での収監から、中国に引き渡されての戦犯として収監、そして特赦による民間人化……生涯を通じて自らに流れる血に翻弄された人生であった。
その中でも中国と日本の狭間で生きた満州国皇帝時代は、最も困難な状況にあったであろう。
溥儀にとってその終焉が不幸であったか、幸福であったか、それはもはや誰にも知られることのない真実である。

(写真はWikipedia 溥儀より使用。Public Domain)

8月18日の不幸

1227年
【死去】チンギス・ハーン(Genghis Khan)【皇帝/モンゴル】初代モンゴル大ハーン。1200年代に中国北部から東ヨーロッパまでという世界最大規模の帝国、モンゴル帝国を築き上げた初代皇帝。当時の世界人口の半数以上がモンゴル帝国の参加にあったといわれている。金の征伐の陣中で死去。65歳没。
1642年
【死去】グイド・レーニ(Guido Reni)【画家/イタリア】17世紀前半のバロック期を代表するイタリアの画家。ラファエロの再来と言われ、代表作に『アウローラ』『嬰児虐殺』等。終生独身だった。66歳没。
1851年
【死去】オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac)【小説家/フランス】

代表作『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』等で知られる19世紀のフランスを代表する小説家。私生活では並外れた大食漢として知られ、晩年は糖尿病の合併症から失明や腹膜炎を引き起こし、最後も腹膜炎が悪化し死亡。没年51歳。死後に残した莫大な借金は晩年の妻であるポーランド貴族・ハンスカ伯爵夫人が返済した。

1940年
【死去】ウォルター・クライスラー(Walter Percy Chrysler)【実業家/アメリカ合衆国】

ビュイック社社長、ゼネラルモーターズ副社長を歴任し、1921年にマックスウェル自動車会社の大株主となり、 1925年にクライスラー社を創業した人物。ニューヨークの摩天楼の象徴ともいえるマンハッタン島のクライスラー・ビルディングを建設した人物としても知られている。脳内出血で65歳没。

1951年
【死去】佐藤義亮【編集者・実業家】

文芸誌『新声』と新声社を設立し経営破綻後、1904年に文芸誌『新潮』を創刊し新潮社を創業した人物。73歳没。

1989年
【暗殺】ルイス・カルロス・ガラン・サルミエント(Luis Carlos Galán Sarmiento)【政治家/コロンビア】コロンビアの政治家。二回目の立候補だった大統領選挙の最中にボゴタ付近で複数の殺し屋に射殺された。ガランが掲げた麻薬取り締まりの強化に対する、麻薬王・パブロ・エスコバルによる暗殺だった。没年45歳。
1992年
【死去】ジョン・スタージェス(John Sturges)【映画監督/アメリカ合衆国】

1950年代〜1960年代にかけて、映画『OK牧場の決斗』『荒野の七人 』『大脱走』などの人気作品を手がけた監督。1977年の『鷲は舞いおりた』で引退。1992年8月18日に心臓発作で死亡。没年82歳。