『フェルディナン・シュバルとその理想宮』

1924年8月19日は、フランスの郵便配達人であり、33年をかけて築いた理想宮の制作者として知られるフェルディナン・シュバルが死亡した日である。
郵便配達員の業務で毎日30キロもの距離を歩いていたシュバルは、日々の生活の中で、自らの頭の中に“理想の宮殿”を夢想するようになっていった。そして43歳となった1879年のある日の配達中に、奇妙な形の石に躓いた。その石の形をおもしろく思ったシュバルは、それからの勤務中に石を集めて歩くようになる。さらにその集めた石を自宅の庭に積み上げ始め、周囲の好奇の目や批判にもその意志を曲げることなく、33年の年月をかけて、巨大な城郭「Palais idéal(理想宮)」として築き上げてしまったのだった。この理想宮は、自らが眠る墓碑として築かれたものだったが、法律や教会、そして近隣住民の反対によりその実現は叶わなかった。33年の果てのその絶望たるやいかほどのものであったであろうか。だがシュバルは、その実現が叶わないことを知るやいなや、村の共同墓地に自らが眠るための霊廟「終りなき沈黙と休息の墓」を8年かけて建設、その完成の2年後に息を引き取ったのだった。
《狂人の夢想》と呼ぶには強固に過ぎる、その遺志の力を感じさせたシュバルの偉業には、その没後、詩人のアンドレ・ブルトンが宮殿を称賛する旨の詩を贈った。そして 現在、シュバルの理想宮は政府によりフランスの重要建造物に指定され、維持され続けている。変わらぬひとりの意志で、その他の世界を変えることができる——その何よりの証明がシュバルの《理想宮》である。

(画像はWikipedia Ferdinand Chevalより)

8月19日の不幸

1753年
【死去】バルタザール・ノイマン(Johann Balthasar Neumann)【建築家/ドイツ】

18世紀のバロック、ロココを代表するドイツの建築家。世界遺産に指定されているドイツ・ヴュルツブルクの宮殿『ヴュルツブルクのレジデンツ』の設計等で知られており、旧50ドイツマルク紙幣の肖像画に使用されていたことでも知られている。66歳没。

1819年
【死去】ジェームズ・ワット(James Watt)【発明家・機械技術者/イギリス】

蒸気機関の改良で、イギリスから世界に波及した産業革命に絶大な貢献を果たした機械技術者。仕事率、電力等を表わす単位「ワット」の元になった人物。83歳没。

1905年
【死去】ウィリアム・アドルフ・ブグロー(William Adolphe Bouguereau)【画家/フランス】

19世紀フランスのアカデミズム絵画の代表的画家であり、代表作『ヴィーナスの誕生』のように神話をモチーフに天使画、少女画を数多く残した人物。心臓病で79歳没。

1924年
【死去】フェルディナン・シュヴァル(Ferdinand Cheval)【フランス/郵便配達人】フランスの郵便配達人であり、33年をかけて築いた理想宮の制作者。自らが眠る墓碑として築かれたものだったが、法律や教会、そして近隣の住民のの反対によりその実現は叶わず、村の共同墓地に自らが眠るための霊廟「終りなき沈黙と休息の墓」を8年かけて建設、その完成の2年後息を引き取った。88歳没。理想宮は政府によりフランスの重要建造物に指定され、維持され続けている。
1937年
【死刑】北一輝【思想化・活動家】

明治・大正期に活躍した国家社会主義者。著書に『国体論及び純正社会主義』『日本改造法案大綱』等。1936年2月26日に発生した「二・二六事件」を起こした皇道派青年将校たちの思想的指導者として逮捕され、1937年8月14日に死刑判決を受け、8月19日に銃殺刑に処された。没年54歳。

1980年
【死去】オットー・フランク(Otto Heinrich Frank)【銀行家/ドイツ】ミヒャエル・フランク銀行を立ち上げた父のもとで裕福なユダヤ人一家として生まれる。第一次世界大戦のナチスドイツによるユダヤ人迫害から生まれた『アンネの日記』を記したアンネ・フランクの父であり、アンネの死後、『アンネの日記』を出版した人物。ホロコースト生還者でもある。晩年はスイスに移住し肺ガンで死去。没年91歳。
2012年
【自殺】トニー・スコット(Tony Scott)【映画監督・プロデューサー/イギリス】イギリス出身の映画監督、映画プロデューサーであり、同じく映画監督であるリドリー・スコットの実弟。代表作に『トップ・ガン』『トゥルー・ロマンス』等。活動の拠点だったアメリカのカリフォルニア州サンペドロにあるヴィンセント・トーマス橋(高さ111メートル)から投身自殺。その死体からは抗うつ剤と睡眠薬が検出されたが、少量であった。ガン治療中の衝動的な自殺であったといわれている。68歳没。