『藤圭子「圭子の夢は夜ひらく」のジャケット』

2013年8月22日は、歌手の藤圭子が新宿区の高層マンションから飛び降り自殺を遂げた日である。
近年は“宇多田ヒカルの母”という印象が多かったが、藤本人も1970年に第1回歌謡大賞を受賞するなど一世を風靡した超人気歌手である。現在活躍するアイドルグループらと同様に10代で世に出た女性歌手でありながら、歌う歌詞の内容は“怨歌”と形容され、“夜の女の悲哀”という暗く湿ったテーマの曲を歌い上げる歌手であった。その代表曲が、元々は練馬刑務所で歌われていた歌であるという『夢は夜ひらく』である(藤版は『圭子の夢は夜ひらく』)。晩年は夫の宇多田との別居に始まり、彼女自身の浪費癖や鬱病も報道により明らかになった。アメリカ渡航時に過剰な現金を持ち込もうとして没収されたニュースなどもあり、とても“幸せな余生”と呼べるような晩年の印象ではなかった。しかし彼女は元々、芸能活動をリタイアしていたとはいえ、“宇多田ヒカルの母”などという枠に収まるような人物ではなかったのであろう。西新宿のマンションからの投身自殺を含め、晩年のゴシップも、死後に沢木耕太郎が緊急出版した暴露本ですら、藤圭子の歌手としての全盛期のイメージを何一つ裏切るものではなかったともいえるだろう。スポットライトの当たる場所で放っていた若き藤圭子の“大きな影”は、紛れもなく多くの人々を魅了し、その美しくももの悲しい彼女の世界に引きずり込んでいた。そして、「15、16、17と〜」どころでは終われない人生の暗闇に、自らも消えていっただけなのだろう。

(写真は『圭子の夢は夜ひらく』(1970年/ビクター/RCA)のジャケット)

8月22日の不幸

1943年
【死去】島崎藤村【詩人・小説家・教員】

明治女学校高等科英語科教師時代から『文学界』に寄稿を始め、教え子への恋愛を心に咎め辞職。その後も教職を転々としながら作品を発表し続け、自然主義文学を代表する作家となる。代表作に『破戒』『春』『新生『夜明け前』等。『東方の門』を連載中の1943年8月22日に脳溢血で死亡。没年71歳。

1952年
【死去】平沼騏一郎【政治家・司法官僚・教育者】

大審院検事局検事総長、大審院長を歴任した司法官僚から第2次山本権兵衛内閣の1923年に司法大臣に任命され政治家に転身。以降、貴族院議員、枢密院副議長、枢密院議長を経て、1939年1月に第35代内閣総理大臣に就任したが、第二次大戦直前の国際関係に疲弊し、「ノモンハン事件」の直後に内閣総辞職。1年に満たない短命政権となった。その後太平洋戦争時に国務大臣、内務大臣を枢密院議長を歴任し、終演後にA級戦犯として終身刑に。刑務所内で奇行が散見されたために1952年に病気仮釈放となるが、釈放直後に死亡。没年84歳。

1958年
【死去】ロジェ・マルタン・デュ・ガール(Roger Martin du Gard)【小説家/フランス】

1922年から18年をかけて発表した大河小説『チボー家の人々』で知られる、フランスの代表的小説家。『チボー家の人々 第7部 1914年夏』により1937年のノーベル文学賞を受賞した。心筋炎の発作で77歳没。

1981年
【航空事故】「遠東航空103便墜落事故」

台湾・台北松山空港発高雄行きの国内線、遠東航空103便ボーイング737-200が、9:54に離陸してからたった14分後、上空22,000フィート(6,700メートル)を飛行中に突然空中分解を起こし、山中に墜落。乗員乗客110人全員が死亡する大事故となった。事故原因は機体の老朽化であったされている。乗客の日本人18人の中には取材中の脚本家・向田邦子や出版プロデューサーの志和池昭一郎が含まれており、日本でも大きく報道された。現在のところ、台湾史上2番目に大きな被害が出た航空事故である。

1981年
【事故死】【航空事故】向田邦子【小説家・脚本家】

映画雑誌編集者から脚本家に転身。昭和の人気テレビドラマ『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』等の脚本を手がけるなど、昭和のテレビ界を代表する脚本家のひとり。生来の飛行機嫌いであったが、台湾への旅行中に乗った飛行機が「遠東航空機墜落事故」で墜落。その他109人の乗員乗客とともに死亡した。没年51歳。

1998年
【死去】村山実【プロ野球選手・監督】"2代目ミスタータイガース"。"ザトペック投法"なる全身全霊をかけた投球フォームで愛された昭和の阪神タイガースを代表する大投手。巨人、特に長嶋茂雄との激烈なライバル関係は有名で、長嶋の人気を決定的にした天覧試合でのサヨナラホームランも、打たれたのは村山だった(しかもそれを生涯ファールだと言い続けていた)。史上最多である3度の沢村賞受賞の他、1度のリーグMVP、最多勝3回等を誇り、大卒としては史上最多の通算222勝を挙げた。監督としては奮わず直腸ガンのため61歳没。
2004年
【盗難事件】「ムンクの『叫び』盗難事件」

オスロのムンク美術館所蔵のテンペラ画の『叫び』と『マドンナ』が、午前11時頃に銃を持った2人組の強盗に盗み出される事件が発生。作品は容疑者逮捕後の2006年8月31日に警察によって発見された。

2013年
【自殺】藤圭子【歌手】10代でデビューするなり"怨歌"と呼ばれた"夜の女の悲哀"という暗く湿ったテーマの曲をそのルックスに似合わぬハスキーボイスで歌い上げて人気を博した歌手。代表曲に『圭子の夢は夜ひらく』等。晩年は宇多田ヒカルの母として知られていたが、夫との別居に始まり、彼女自身の浪費癖や鬱病も明らかに。アメリカ渡航時に過剰な現金を持ち込もうとして没収されたニュースなどもあり、とても幸せな余生と呼べるような印象ではなかった。新宿区の高層マンションから飛び降り自殺。没年62歳。