『大戦後に発売された『リリー・マレーン』のジャケット』

1982年8月29日は、第二次大戦中にドイツ兵士並びに世界中の兵士に愛された歌謡曲『リリー・マレーン』の歌手として知られるララ・アンデルセンが死亡した日である。故郷の恋人への思いを歌った感傷的な内容の同曲はナチスドイツの宣伝相ゲッベルスによりラジオ放送禁止処分になり、彼女自身もナチスによりユダヤ人アーティストとの交流を咎められ歌手活動は禁止。『リリー・マレーン』を歌うことも許されず、プロパガンダに協力させられる日々が続き、遂には鬱病のために自殺未遂を起こしたほどであった。しかし、戦地からの要望が絶大であったために『リリー・マレーン』は頻繁に放送されることとなり、戦地では敵であったイギリス軍も好んで聴いていたという。さらには、ヒトラーの寵愛を嫌ってアメリカに移った世界的女優、マレーネ・ディートリッヒが米軍兵士の慰問で歌っていたこともあり、『リリー・マレーン』は、ドイツ、そして連合国側という敵味方の区別無くその楽曲を楽しまれていたのである。有史上最大の戦争に於いて一つの曲が世界中の人々の心の支えになったという事実は、音楽の持つ力を改めて感じさせ、まさしく“不幸中のささやかな幸せ”として我々を安堵させるエピソードである。

(画像は『Lili Marleen』1959年/Electrola発売)

8月29日の不幸

1972年
【死去】ララ・アンデルセン(Lale Andersen)【歌手・女優/ドイツ】

第二次大戦中にドイツ兵士並びに世界中の兵士に愛された歌謡曲『リリー・マレーン』の歌手として知られる人物。故郷の恋人への思いを歌った感傷的な内容の同曲はナチスドイツの宣伝相ゲッベルスによりラジオ放送禁止処分になったが、戦地からの要望が絶大であったために放送され、戦士たちは敵味方無くその美声を楽しんでいたという。しかしナチスによりユダヤ人アーティストとの交流を咎められ歌手活動は禁止。その際は鬱病のために自殺未遂を起こした。私生活では終戦直前に東フリースラント諸島ランゲオーク島に移住し芸能活動を引退。その後スイス人作曲家と結婚したために1952年に芸能活動を再開し、コンサートツアーやテレビ出演をこなした。ウィーンにて肝臓ガンで67歳没。

1979年
【死去】竹鶴政孝【実業家】ニッカウヰスキー創業者。サントリー時代に山崎蒸溜所初代所長を務め、日本初のスコッチ・ウイスキーを製造した。NHK連続テレビ小説『マッサン』の主人公亀山政春のモデル。肺炎で85歳没。
1982年
【死去】イングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman)【女優/スウェーデン】20世紀でも最も世界的に活躍したスウェーデン出身の女優。アメリカに活動の場を移してもその美しさと演技力で愛され、通算3度のアカデミー賞(『ガス灯』『追想』で最優秀主演女優賞、『オリエント急行殺人事件』で最優秀助演女優賞)を受賞した数少ない俳優のうちのひとりとなった。67歳の誕生日に乳ガンで死去。ロベルト・ロッセリーニとの娘に女優のイザベラ・ロッセリーニがいる。
1997年
【死去】藤田敏八【映画監督・俳優】学生時代に俳優座に入り俳優として活動、卒業後は日活に入社し、『野良猫ロックシリーズ』『八月の濡れた砂』を手がけ、その後ロマンポルノ作品も数多く監督。晩年は再び役者として活躍し、鈴木清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した。肺ガンからの肝不全で65歳没。
2004年
【死去】種村季弘【ドイツ文学者・評論家】光文社に入社し『女性自身』誌の編集を経験し書籍編集を経て独立。『怪物のユートピア』『ナンセンス詩人の肖像』等、人間の闇にフォーカスした異端文化と文学を専門に翻訳、紹介。澁澤龍彦らと1970年代アングラカルチャーを牽引する存在となる。胃ガンで71歳没。
2011年
【死去】滝口順平【声優・ナレーター】日本初の吹き替え放送を行なった声優で、民間放送初の声優でもある。アニメ『タイムボカン』シリーズのドクロベエ役や、テレビ『ぶらり途中下車の旅』のナレーション等で長きにわたり活躍。胃ガンで80歳没。
2014年
【死去】龍虎勢朋【大相撲力士・タレント・俳優・コメンテーター】花籠部屋所属の元力士。最高位は東小結。現役引退後は年寄16代放駒を襲名するも2年ほどで廃業しタレントに転向。『料理天国』等でグルメリポーターの先駆けとして活躍した。クモ膜下出血で73歳没。