『死亡1年後より毛主席紀念堂にて永久保存・公開される毛沢東の遺体』

1976年9月9日は、中国共産党の初代指導者にして中華人民共和国の初代国家主席、毛沢東が死亡した日である。
ソ連をモデルに、徐々に社会主義化を進め、最終的には完全な独裁体制を完成させた。
しかし、その強引な社会主義政策のために多くの国民が犠牲になり、一時は5,000万人もの餓死者を出したとも言われ、それを覆い隠すために、「文化大革命」と呼ばれる毛沢東による思想・政治が入り乱れたいわば“毛沢東キャンペーン”が長期にわたり大規模に展開された。
これらの国家的混乱期を通じて毛沢東が死に追いやった人々は、政敵や餓死者を含めて人類史上空前のものであったとされ、ナチスドイツのヒトラー、ソ連のスターリンらと並び、“世界三大殺戮者”とも称されている。
しかし現在に至るまで、その強引過ぎた治世は、国民にとっては傷跡どころか、“建国の英雄”として奉られるに至っており、毛が思想的に多大な影響を受けたソ連の初代最高指導者レーニンを倣い、毛主席記念堂に遺体が永久保存されており、生前の姿を広く公開され続けて今日にいたっている。
様々な部分で資本主義が部分的に取り入れられてはいるが、中国は現在も中国共産党の一党体制が続き、その意味では国体は毛沢東の思想の延長線上にあると言っていいだろう。
その基盤を築いた多くの遺体たちの上で、毛沢東の遺体はいまだ生き続けているのである。

(写真は中国サイト『視察者』http://www.guancha.cn/politics/2013_12_26_195322_s.shtmlより)

9月9日の不幸

1年
準備中
1976年
【死去】毛沢東【政治家・軍人・思想家】中国共産党の初代指導者にして中華人民共和国の初代国家主席。政権を握るとソ連をモデルに、徐々に社会主義化を進め、最終的には完全な独裁体制を完成させた。しかし、その強引な社会主義政策のために多くの国民が犠牲になり、一時は5,000万人もの餓死者を出したとも言われ、それを覆い隠すために、「文化大革命」と呼ばれる毛沢東による思想・政治が入り乱れたいわば"毛沢東キャンペーン"が長期にわたり大規模に展開された。晩年はが筋萎縮性側索硬化症を患い、82歳で死亡。