『杉山隆一に指導をする日本代表監督時代のデットマール・クラマー』

2015年9月17日は、1964年の東京オリンピックで日本代表チームを率いた“日本サッカーの父”である西ドイツのサッカー指導者、デットマール・クラマーが死亡した日である。
その指導は選手の実技だけに止まらず、リーグ戦や環境の整備など、サッカー界全体を近代化させ、クラマーの教えを引き継いだ1968年メキシコオリンピック日本代表チームは、史上初の銅メダルを獲得した。
そのニュースが「バイエルン・ミュンヘン監督時代のチャンピオンズ・カップ獲得よりも嬉しかった」と語るほどの情熱が、クラマーと日本の間には存在していた。
それらのストーリーを鑑みれば、2005年に創設された「日本サッカーの殿堂」の第1回受賞者がクラマーだったのは、当然であっただろう。

(画像はWikipedia Dettmar Cramer より使用。Public Domain)

9月17日の不幸

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