『雑誌「Sports illustrated」の表紙を飾るフローレンス・ジョイナーとその義妹ジャッキー・ジョイナー・カーシー』

1998年9月21日は、アメリカが生んだ不世出の女性アスリート、フローレンス・ジョイナーがてんかんの発作で急死した日である。現在も女子100メートル走の10秒49、女子200メートル走の21秒34という飛び抜けた世界記録を保持しているジョイナーだが、絶頂期の29歳で引退して以降はステロイドの使用疑惑が絶えない人生であった。彼女が世界記録を樹立した当時はまだドーピング検査の精度が低かったということもあり、偶然ジョイナーの検査が通ってしまったのではないかというのが、現在の識者たちによる一般的な見方である。そのつもりで彼女の写真を振り返り見てみると、どれもが一見して女性離れしたような男性的な筋肉を誇ったものばかりであり、この雑誌の表紙のように、うっすらと髭までが生えているような写真も多い。2000年代以降、数多くの一流アスリートがステロイドの犠牲となって早世していくことになるのだが、フローレンス・ジョイナーはその先駆けといえる存在だったのかもしれない。しかし、あまりにも輝かしい全盛期を誇った人物であるだけに、その短すぎる人生が一概に不幸であったとは思えないことも事実である。そして、その刹那的な輝きこそが、現在もドーピングに手を染めるアスリートたちが後を絶たない原因なのであろう。私たちは、ジョイナーの光と影、どちらの部分を記憶すればいいのだろうか?

(写真は『Sports illustrated』1988年10月10日号)

9月21日の不幸

1921年
【化学事故】「オッパウ大爆発」

ドイツのオッパウにあった化学薬品工場での大爆発事故、「オッパウ大爆発」により600人もの死者が発生。1日40トンものアンモニアを作っていたバイエルン州オッパウのバーディシェ・アニリン・ウント・ソーダ・ファブリーク社の工場で、ダイナマイト発破をきっかけに薬品が大爆発し、509人の従業員を含む600人が死亡・行方不明になり、近隣住民の被害も含めて2,500人もの死傷者を出すこととなった。

1933年
【早世】宮沢賢治【詩人・童話作家】

生前は全くの無名作家であり、農学校教師として生涯農業指導に奔走しながらの詩作であったが、没後、親交のあった草野心平らにより爆発的な人気を得た詩人。『風の又三郎』『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』『雨ニモマケズ』等の作品は子供から大人にまで幅広い層に愛されている。私生活では生涯童貞であったとも言われている。急性肺炎により37歳没。

1987年
【事故死】【早世】ジャコ・パストリアス(Jaco Pastorius)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

ジャズ・フュージョン・グループのウェザーリポートにベースとして参加していたベーシスト、作曲家。ウェザーリポート時代にドラッグとアルコールに依存してゆき、脱退後はその酷い依存症に加え双極性障害を患い精神病棟へ入退院を繰り返していた。9月11日に地元であるフォートローダーデールで行なわれたサンタナのライブに飛び入りしようとするもガードマンに追い出され、その後泥酔状態で行ったクラブでガードマンに突き飛ばされ脳挫傷に。10日後、実父の意向で人工呼吸器が外され死亡。没年35歳。

1998年
【早世】【怪死】フローレンス・ジョイナー(Florence Griffith Joyner)【陸上競技選手/アメリカ合衆国】

現在も女子100メートル走の10秒49、女子200メートル走の21秒34という飛び抜けた世界記録を保持しているアメリカを代表する女子陸上競技選手。1988年のソウルオリンピックでは100メートル走、200メートル走、女子400メートルリレーの2種目で金メダルを獲得をしたことで知られ、陸上選手らしからぬ奇抜なファッションスタイル、長い爪や片足だけのタイツでも人気を博した。絶頂期の29歳で引退し、1998年9月21日にてんかんの発作を起こし心臓発作で急死。没年38歳。そのあまりに飛び抜けた記録と男性化した肉体のため、現役引退後はステロイド使用疑惑が絶えない人物であり、その急死がまたその疑惑を後押しした部分もある。