『DVD「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」(1989年/主演・原作・脚本=丹波哲郎)』

2006年9月24日は、1967年のイギリス映画『007は二度死ぬ』にも出演するなど、国際的にも活躍した俳優、丹波哲郎が死亡した日である。
その長いキャリアにおいて数多くの映画・ドラマに出演し、特に総理大臣役などの重厚な役割を数多く務めた大俳優であった。
また、晩年は、若かりし頃から密かに研究していたスピリチュアルの分野に進出、死後の世界《大霊界》を世に知らしめる活動に重きを置き、1980年頃からはベストセラーを含み数多くの大霊界関係の書籍を出版した。
その勢いで1989年から映画化された『大霊界』は全3作であったが、世間の懐疑的な目もあり、思うようなヒットを収めることはできなかった。
しかし、丹波は死の間際まで第4作目、『最期の大霊界』の脚本を推敲し続け、私財を投じてのその撮影に意欲を燃やしていたという。
結果的にその実現とはならなかったが、日本人俳優として誰よりも多くの現場を見てきた大俳優は、死後の世界を信じて疑わなかったことは事実である。
『最期の大霊界』の脚本に携わった監督、ダーティー工藤は言った。
「俺は死ぬのが楽しみでしょうがない。向こう行ったら楽しいことが山ほどあるんだ」
丹波哲郎はそう言って死んでいったのだという。

(写真はDVD『丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる』販売=エスピーオーより)

9月24日の不幸

1877年
【切腹】西郷隆盛【武士・軍人・政治家】明治維新期に活躍した薩摩藩士。薩長同盟の成立や王政復古に貢献し、江戸無血開城にも多大な貢献を果たした。明治新政府に参議として参加したが、自ら主導した西南戦争敗北の果てに自刃。没年49歳。
1992年
【急死】寺田ヒロオ【漫画家】手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫、石ノ森章太郎らを輩出したアパート、トキワ荘のリーダー格として知られた少年漫画家。代表作に『背番号0』『暗闇五段』等。1960年代から始まった劇画ブームにとり残され、1973年には絶筆。一九九〇年にトキワ荘のメンバーを自宅に招待するが、翌日以降は一切の連絡を絶ち、家族とも顔を合わせず酒浸りの生活を続けた。1992年9月24日に死亡しているところを妻が発見。没年61歳。
2004年
【死去】フランソワーズ・サガン(Françoise Sagan)【小説家/フランス】全世界的ベストセラーになった、18歳で出版した処女小説『悲しみよこんにちは』で知られる小説家。バイセクシュアルや2度の結婚、離婚をはじめとした派手な私生活で知られ、ドラッグやアルコールへの過度な依存やギャンブル癖で、莫大な財産を全て使い果たすような浪費家であった。心臓疾患で69歳没。
2006年
【死去】丹波哲郎【俳優】(つづきから)また、晩年は、若かりし頃から密かに研究していたスピリチュアルの分野に進出、死後の世界《大霊界》を世に知らしめる活動に重きを置き、1980年頃からは出版、その勢いで1989年から映画化された『大霊界』は全3作であったが、世間の懐疑的な目もあり、思うようなヒットを収めることはできなかった。肺炎により84歳没。
2006年
【死去】丹波哲郎【俳優】1967年のイギリス映画『007は二度死ぬ』にも出演するなど、国際的にも活躍した大スター。その長いキャリアにおいて数多くの映画・ドラマに出演し、総理大臣役などの重厚な役割を数多く務めた大俳優であった。代表作に映画『日本沈没』ドラマ『キイハンター』『Gメン'75』等。(つづく)
2015年
【死去】川島なお美【女優】1980年代の"女子大生ブーム"に乗って現役女子大生タレントとしてデビュー。バラエティ『お笑いマンガ道場』等で活躍したが、後年はセクシーな女優路線に転向。ヘアヌード写真集『WOMAN』映画『失楽園』等の体を張った作品で、多くのヌードを披露した。また、「わたしの体にはワインが流れている」の迷言で知られるワインマニアとして活動、フランスの産地から騎士号を授与されている。胆管ガンのため54歳没。