『交通事故現場近くに設置されたクリフ・バートンの慰霊碑と「Master of Puppets」のCD』

1986年9月27日は、世界的ヘヴィーメタルバンド「メタリカ」のベーシストであったクリフ・バートンが交通事故死した日である。
しかもそれはメタリカのスウェーデンツアー中に起きた不幸であり、バンドメンバーとクルーを乗せたバスが路面の凍結によりスリップ、窓から投げ出されたクリフが下敷きとなって死んだのである。さらにその複線として、奇妙なエピソードがある。かねてから車中での寝床に不満を持っていたメンバーたちは、事故の前日、カードゲームでその選択権を争った。そして勝者となったクリフが、前日までカーク・ハメットが寝ていた場所を強奪したのだった。初期メタリカの音楽性を一変させたといわれる技術を誇ったクリフの死であったが、残るメンバーたちに衝撃を与えるのに十分であったことは想像に難くない。彼の事故現場にはファンらによって慰霊碑が建立され、永遠にそのプレイが記憶され続けており、それは音楽業界も同様であった。2009年にメタリカはロックの殿堂入りを果たしたが、そこにはクリフの名前もクレジットされていたのである。たった4年ほどの活動期間であったが、クリフ・バートンは永遠にメタリカとして生き続けているのだ。

(写真はWikipedia Cliff Burtonより使用。Public Domain)

9月27日の不幸

1937年
【絶滅】「バリトラ絶滅」

インドネシア・バリ島の固有種であるバリトラ(ジャワトラの小型の亜種)が1937年9月27日に射殺される。この記録が公式には最後の一頭だとされ、この日をもってバリトラが絶滅したといわれている。

1977年
【航空事故】「横浜米軍機墜落事件」

厚木海軍飛行場から、太平洋上の航空母艦・ミッドウェイに向かったアメリカ海兵隊のRF-4BファントムII611号機が、離陸直後にエンジンが炎上。乗組員の2人はパラシュートで脱出し一命を取り留めたが、無人の機体は5キロメートルほど先の横浜市青葉区荏田町の住宅地に墜落。20戸の住宅を炎上させるた結果、一般市民の母子3人が死亡した。

1977年
【航空事故】「日本航空クアラルンプール墜落事故」

羽田空港発啓徳空港経由でマレーシアのクアラルンプール国際空港(現スルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港)、そしてシンガポールのパヤレバー空港に向かう予定であった日本航空715便(DC-8-62型)がクアラルンプール国際空港着陸寸前で空港の7キロほど手前のゴム園に墜落。乗員乗客79人中計34人(乗員8人、乗客26人)が死亡する大惨事となった。悪天候による機長の技術的ミスが原因といわれている。翌日、日本赤軍による「ダッカ日航機ハイジャック事件」が発生したため日本航空にとっては2日連続の大事件となった。

1986年
【交通事故死】【夭折】クリフ・バートン(Clifford Lee "Cliff" Burton)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

世界的ヘヴィーメタルバンド「メタリカ」のベーシストとして知られるミュージシャン。ロン・マクガヴニーの脱退を受け1982年にメタリカに加入。初期メタリカの音楽性を一変させたといわれる超絶技巧で、『Ride the Lightning』『Master of Puppets』のアルバムに参加した。1986年9月27日に、スウェーデンツアー中のバンドメンバーとクルーを乗せたバスが路面の凍結によりスリップ、窓から投げ出されたクリフが下敷きとなって即死した。没年24歳。2009年にメタリカはロックの殿堂入りを果たしたが、そこにはクリフの名前もクレジットされている。

2004年
【スポーツ事件】「近鉄バファローズ消滅」

大阪に本拠地を置くパシフィックリーグのプロ野球球団・大阪近鉄バファローズがこの日のオリックス・ブルーウェーブ戦を最後に、2004年シーズンの公式戦を終える。翌年からオリックスに統合されオリックス・バファローズとなることが決定していたため、55年間続いた同球団の歴史が終わった日とされている。

2007年
【射殺】長井健司【ジャーナリスト・報道写真家】

日本テレビのディレクター等を経て、1997年よりAPF通信社の契約記者として活動したジャーナリスト。タイの孤児、パレスチナ紛争、イラク戦争、アフガニスタンなどの危険地帯を専門的に現地取材したことで知られている。ミャンマーのヤンゴンでの反政府デモを取材中に軍の兵士から至近距離で撃ち殺されて死亡。没年50歳。死亡時、彼の傍らにいたロイター通信のアドリース・ラティーフが撮影し、それがピューリッツァー賞ニュース速報写真部門に選ばれたということもあり、その死は全世界的な問題となって伝えられた。

2014年
【自然災害】「御嶽山噴火」

長野県と岐阜県の県境ににある御嶽山が9月27日11時52分に噴火。噴火警戒レベル1という平常時の噴火であったために山頂付近の登山客58名が死亡。現在のところまで、史上最悪の火山災害といわれている。