『永易将之の八百長を報じる1969年10月8日の報知新聞』

1969年10月8日は、日本プロ野球創設以来最大のスキャンダル、野球賭博事件「黒い霧事件」の始まりとして、西鉄ライオンズの投手、永易将之の八百長報道がされた日である。
この年、暴力団関係者に請われて敗退行為をしていた永易を調査していた西鉄ライオンズはその証拠を掴み永易の解雇を決定していたが、その情報を掴んだ読売新聞、報知新聞が10月8日に報道。コミッショナーにより永易は永久追放処分となったが、その後にメディアに出演した永易はエース格の池永正明を含む6人のチームメイトの名を告白、さらには他球団選手、そしてオートレースでの八百長容疑にまで繋がる大スキャンダルへと発展した。結果的に永易、池永を含む6名の現役選手が永久追放処分、暴力団との交際が明るみになった江夏豊を含む13名が処罰を受けるという結果となった。その先の見えない、不気味なまでの広がりが“黒い霧”と形容されたのだ。2015年に発覚した笠原将生ら読売ジャイアンツの選手らによる野球賭博問題もまだ記憶に新しいところだが、果たして、その霧は全て収まったのであろうか。

(画像は『報知新聞』1969年10月8日版)

10月8日の不幸

1869年
【死亡】フランクリン・ピアース(Franklin Pierce)【政治家/アメリカ合衆国】

弁護士から民主党員となり政治家に転身し、ニューハンプシャー州上院議員、アメリカ合衆国下院議員、ニューハンプシャー州下院議長を歴任し、1953年に第14代アメリカ合衆国大統領に就任した人物。就任一カ月で副大統領のウィリアム・キングが急死するなど、不運な大統領として知られる人物で、私生活でも3人の子供を幼児期に失うという悲劇的な人生を送った。大統領退任後の晩年はアルコール依存症に苦しみ、1869年10月8日に肝硬変で死亡。没年64歳。

1969年
【野球賭博】「黒い霧事件発覚」

日本プロ野球創設以来最大の野球賭博事件「黒い霧事件」の始まりとして、西鉄ライオンズの投手、永易将之の八百長を放置新聞が報道。この年西鉄ライオンズは永易の解雇を決定していたが、暴力団関係者に請われて敗退行為をしていたという情報をが明らかになった。コミッショナーにより永易は永久追放処分となったことに加え、永易はエース格の池永正明を含む6人のチームメイトの名を告白したために、他球団選手、さらにはオートレースでの八百長容疑にまで繋がる大スキャンダルへと発展。結果的に永易、池永を含む6名の現役選手が永久追放処分、暴力団との交際が明るみになった江夏豊を含む13名がなんらかの処罰された。

1995年
【宗教事件】「上祐史浩逮捕」

オウム真理教教団幹部で同教団の顔としてスポークスマン的役割を担っていた外報部長の上祐史浩が逮捕。実行犯ではないために逮捕を免れていたが、熊本県阿蘇郡波野村(現・阿蘇市波野)の土地取得に関する「国土利用計画法違反事件」で逮捕された。その後の公判で懲役3年の実刑判決が下り、広島刑務所に服役。

2001年
【死去】ハーバート・ロス【映画監督/アメリカ合衆国】

アメリカン・バレエ・シアターでダンサー、振付師を経て1969年の『チップス先生さようなら』映画監督デビュー。アカデミー賞監督賞にノミネートされた映画『愛と喝采の日々』の他、『フットルース』『摩天楼はバラ色に』等1980年代を代表するエンターテインメント作でその才能を発揮した。心疾患で74歳没。

2004年
【死去】ジャック・デリダ(Jacques Derrida)【思想家・哲学家/フランス】

ポスト構造主義を代表する世界的な哲学の権威であり、ニーチェやハイデッカーら先人の哲学を軽傷、発展させた人物として知られる人物。代表的な著書に代表的な著作に『グラマトロジーについて』『エクリチュールと差異』等。2003年に膵ガンに罹り、翌年死亡。没年74歳。

2010年
【死去】池部良【俳優・随筆家】

東宝撮影所シナリオ研究所に研究生として入所後、東宝に入社。若手俳優として活動し始めたところの1942年に陸軍に招聘され戦争体験を送った。終戦後の1949年の『青い山脈』で爆発的な人気を獲得し、一躍二枚目スターに登り詰めた。その後も『坊っちゃん』『雪国』『暗夜行路』と人気文芸作品で活躍。『毎日新聞』に『そよ風ときにはつむじ風』を連載するなど、エッセイストとしても活躍。日本映画俳優協会初代理事長としても活動した。敗血症で92歳没。