『若松孝二著「時効なし。」の表紙』

2012年10月17日は、日本を代表する映画監督の若松孝二が死亡した日である。
1960年〜1970代に一般映画業界を凌駕するほどの隆盛を誇ったピンク映画の中心的人物としてその過激な作風を知らしめ、一般作映画に進出。以降も『水のないプール』『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』『キャタピラー』等、ピンク時代から一貫してセックスとバイオレンスを描き続け、国際的な評価を確立した。その最期は作品のイメージを損なわぬ唐突かつ暴力的なもので、東京都新宿区の道を泥酔して横断しているところをタクシーにはねられて死亡するというものであった。没年76歳。いまだ引退を匂わせない絶好調時の悲劇であっただけにその訃報は衝撃をもって報じられたが、次回作は原発問題、東電をモデルにしたものであったことから、その死にはスキャンダラスな嫌疑がかけられることになった。死してなお、その作家性を損なわない映画監督の死であったといえるだろう。

(画像は若松孝二著『時効なし。』2005年/ワイズ出版刊より)

10月17日の不幸

1967年
【死去】 愛新覚羅溥儀(Aisin gioro Pui)【皇帝】

清朝最後の12代皇帝にして満州国皇帝。1908年にわずか2歳と10カ月で清朝の12代皇帝に即位したことに始まり、清朝の崩壊と同時に退位、帝政復活を目論む張勲復辟事件により復辟(再即位)、13日での退位、満州事変後の満州国執政就任、そして退位後日本への亡命中に拘束されて、ソ連での収監から、中国に引き渡されての戦犯として収監、そして特赦により晩年は民間人として過ごした。腎臓ガンと心不全のため没年61歳。

2009年
【自殺】加藤和彦【ミュージシャン・音楽プロデューサー】

フォーク・クルセダース、サディスティック・ミカ・バンドを率いたミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。大学生時代に結成したフォーク・クルセダーズで制作した自主制作盤から『帰って来たヨッパライ』が大ヒットし、朝鮮半島の南北分断を歌った『イムジン河』は話題になったが放送禁止処置と、若くして話題を呼び、バンドの解散後も北見修との合作で発表した『あの素晴しい愛をもう一度』等数々のヒット曲を世に送り出した。しかし、最晩年は鬱病に悩み、また、経済至上主義とは切り離せない音楽業界に絶望していたために軽井沢のホテルで首吊り自殺。没年62歳。

2012年
【交通事故死】【怪死】若松孝二【映画監督】暴力団関係の下働きから転身、ピンク映画の監督に。『甘い罠』『壁の中の秘事』等でそのジャンルを超越した評価を得て、一般作映画に進出。代表作に『水のないプール』『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』『キャタピラー』等。東京都新宿区の道を泥酔して横断中にタクシーにはねられて病院に搬送されて死亡。没年76歳。当初一命はとりとめたとの報道が出ただけにその死因も含めて様々な憶測を呼んだ最期だった。次回作は原発問題、東電をモデルにしたものであったと言われている。
2012年
【死去】シルビア・クリステル(Sylvia Kristel)【女優・モデル/オランダ】1974年の大ヒットセクシー映画『エマニエル夫人』の主役で世界的知名度を誇った女優。食堂ガン、肺ガンで60歳没。