『2009年のアフリカ連合サミットに出席した際のカッザーフィー(写真左)と、反カダフィ勢力に捕らえられ連行されるカッザーフィー』

2011年10月20日は、リビアの革命最高指導者“カダフィ大佐”ことムアンマル・アル=カッザーフィーが、反カダフィ勢力の群衆に捕らえられ、リンチのような状態で殺された日である。
1969年のリビア革命によって政権を掌握し、長期間にわたり独裁政権を推し進めたリビアのカリスマ的指導者であったが、2011年の「リビア内戦」によって独裁政権は崩壊し、カダフィ自身も命からがらの逃走生活を余儀なくされていた。
カダフィが最期に籠もったシルトも、反カダフィ勢力のリビア国民評議会によって陥落し、そこへNATO軍による空爆が重なり、遂にカザフィは身柄を拘束された。
そして衝撃であったのは、そこから移送される最中にリンチされ、血まみれで殺害されてゆくカダフィの姿が、独裁者を捕らえ怪気炎を上げる兵士たちの携帯電話等で全世界に配信されたことである。
一介の民兵たちによる独裁者への私刑、それは時代が大きく変わってゆくことを伝えるには、あまりに“伝わりすぎる”ショッキングな映像であった。
そしてその反米勢力の最後の砦ともいえた“大佐”のむごたらしい死は、広く世界に報じられた。
それは、彼の築いてきたものを一瞬で消し去るほどの、“社会的な殺害”だったともいえるだろう。

(写真はWikipedia Muammar Gaddafiより使用)

10月20日の不幸

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