『エリオット・スミスのポートレート』

2003年10月21日は、アメリカのシンガーソングライターのエリオット・スミスが不可解な死を遂げた日である。
全キャリアを通じてドラッグ・アルコールの依存症に悩まされていたために仕事を失うことの多かったエリオット・スミスは、2002年〜2003年にかけての依存症治療を受け、克服した矢先の2003年10月21日に死亡した。その日、同棲していたパートナーのジェニファー・チバがシャワーを浴びていると、エリオットの叫び声を耳にして急いでドアを開けた。するとそこには、胸にナイフが刺さったまま立っているエリオットがいたという。彼女は急いでナイフを引き抜いたが、その際に胸にできていた2カ所の刺し傷が元となり搬送先の病院で息を引き取った。部屋のテーブルの上には、「I'm so sorry—love, Elliott. God forgive me.(ごめんなさい、愛してます。神が私を許してくれますように)」という遺書のような言葉が附箋に書かれていたために、自殺と判断されたが、その後の捜査により他殺の可能性も報じられている。ジェニファーは彼が完全に立ち直っていたと証言し、仕事関係者も「彼とは1週間前に新しいレコーディングの打ち合わせもしていたために死ぬとは考えられない」と語った。さらに警察はその死体から抗うつ剤、抗不安剤、およびADHDの治療薬を発見したと発表したが、いまだその真相は不明である。確かなことは、彼の残した音楽が、彼の愛したビートルズやボブ・ディランのそれのように、独特の美しさをもっているということだけなのである。

(画像はWikipedia Elliott Smithより使用。Public Domain)

10月21日の不幸

1969年
【死去】ジャック・ケルアック(Jack Kerouac)【小説家・詩人/アメリカ】1950年〜1960年代アメリカのビートニク文学(Beat Generation)を代表する詩人、小説家。アレン・ギンズバーグやウィリアム・バロウズらと共に当時のヒッピー文化に絶大な影響を与えた。代表作に『路上』『孤独な旅人』等。「Beat Generation」という言葉もケルアックによるものであった。晩年はアルコール依存症で寡作になり、内出血からの吐血で死亡。没年47歳。
1971年
【死去】志賀直哉【小説家】代表作『暗夜行路』等で知られる白樺派の代表的小説家。雑誌『白樺』を創刊したほか、白樺派の中心人物として多くの作家に影響を与え、奈良県奈良市高畑町の自宅は「高畑サロン」として多くの文化人が集う場所となった。肺炎と老衰で88歳没。
1980年
【死去】ハンス・アスペルガー(Hans Asperger)【医師/オーストリア】アスペルガー症候群を最初に定義し、その研究に人生を費やした小児科医。74歳没。
1980年
【死去】嵐寛寿郎【映画俳優】昭和初期に活躍した時代劇の国民的銀幕スター。1972年、その後の当たり役となる『鞍馬天狗異聞・角兵衛獅子』でデビュー。その後数々の時代劇に主演し、晩年は『網走番外地』『男はつらいよ』等の現代劇でも印象的な存在感を放った。脳血栓の果てに76歳で死亡。
1984年
【死去】フランソワ・トリュフォー(François Roland Truffaut)【映画監督/フランス】幼少期から両親の離婚を経験するなどして感じた"人間の心の痛み"を表現し続けたフランスのヌーヴェルバーグを代表する映画監督。名優ジャン=ピエール・レオが子供時代に出演した処女長編『大人は判ってくれない』でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。盟友ジャン=リュック・ゴダールらとともに、時代を代表する映画監督として数々の名作を残した。脳腫瘍で52歳没。
2002年
【死去】笹沢左保【小説家】人気テレビ時代劇『木枯らし紋次郎』の原作者として知られる小説家。推理小説の大家と知られ、歴史小説にその要素を導入した作品も多い。好色家としても知られ、常に愛人がいたという。没年71歳。盟友であった森村誠一のブログにその追悼文がある。
2003年
【怪死】エリオット・スミス(Steven Paul "Elliott" Smith)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

ロックバンド「Heatmiser」としてデビューしたシンガーソングライター。1996年にバンド解散後はソロで活動を開始。1997年の代表曲『』(映画『グッド・ウィル・ハンティング』で使用)がアカデミー歌曲賞にノミネート。独特の美しい曲調が様々なメディアで求められたが、全キャリアを通じてドラッグ・アルコールの依存症に悩まされていたために仕事をうまくこなす能力には欠けていた。2002年〜2003年にかけての治療で依存症を克服した矢先の2003年10月21日、胸にできた2カ所の刺し傷が元となり急死。遺書のような書き置きもあり自殺と判断されたが、その後の捜査により他殺の可能性も報じられている。没年34歳。

2009年
【死去】南田洋子【女優】水谷八重子に弟子入りし、1951年に大映5期ニューフェイスとして入社し女優デビュー。ヒット映画『太陽の季節』で競演した俳優の長門裕之とのおしどり夫婦で知られ、フジテレビの人気音楽番組『ミュージックフェア』では夫婦揃ってMCを16年ほど務めた。晩年はアルツハイマー病が長門により公表され、その闘病生活がテレビなどで広く報じられ話題を呼んだ。クモ膜下出血で76歳没。
2012年
【死去】ジミー・ツトム・ミリキタニ(Jimmy Tsutomu Mirikitani)【画家/アメリカ】日系2世のアメリカ人路上画家。ホームレス同然の生活をしている晩年に、映画監督のリンダ・ハッテンドーフがミリキタニの画を購入したことがきっかけで、2001年にドキュメンタリー映画『ミリキタニの猫』が制作された。脳出血で92歳没。