『モスクワ劇場占拠事件でデブロフカ・シアターに突撃するロシアの特殊部隊』

2002年10月23日は、チェチェン共和国独立派による民間人を人質にとったテロ事件「モスクワ劇場占拠事件」が発生した日である。
モスクワのデブロフカ・シアターに詰めかけた900人もの観衆を、50人ほどのチェチェン共和国独立派が人質にして立て籠もり、ロシア政府に対し、チェチェンからの撤退を求めて交渉に出たこのテロ事件。しかし、テロリズムに対して強硬な姿勢を見せるロシア政府は、交渉の裏側で早々に強行突入を準備しており、犯人・人質ともに疲労の色も強くなりつつあった交渉期限の26日朝に、特殊部隊が突撃し化学兵器による攻撃を敢行。非致死性ガス「KOLOKOL-1」を散布して突入し、犯行グループ全員を射殺、その鎮圧に成功したと発表した。しかし、当然ながら、人質にも化学兵器は効果を発揮し、大半の人物がその場に昏倒。その救出時に窒息や心停止で死んだというものが大量に発生し、なんと130人ほどの人質が死亡してしまったといわれている。そのあまりの犠牲者の数に、銃弾での犠牲者が出たという可能性も追求されたが、政府はその事実はないと否定。なにより気味の悪いことに、「KOLOKOL-1」の成分は未だに発表されていない。

(画像はWikipedia Moscow theater hostage crisisより使用)

10月23日の不幸

1921年
【死去】ジョン・ボイド・ダンロップ(John Boyd Dunlop)【発明家・実業家/スコットランド】

1888年に世界初の実用的空気入りタイヤを開発し、現在世界最大級のタイヤメーカー、ダンロップ社の元となるダンロップ・ラバー株式会社を設立した人物。生涯ほとんど病気を患うこともなく、ダブリンの自宅で81歳没。

1935年
【死去】チャールズ・デムス(Charles Demuth)【画家・美術家/アメリカ合衆国】

1920年代にアメリカで発生したプレシジョニズムの代表的作家であり、パリに拠点を移してからは『I Saw the Figure 5 in Gold』等、前衛美術家としても作品を手がけた。幼少期より、小児麻痺や結核の影響で杖を必用とする歩行障害を持ち、最期も持病の糖尿病の合併症で51歳没。また、同性愛者であったことでも知られている。

1946年
【死去】アーネスト・トンプソン・シートン(Ernest Thompson Seton)【博物学者・小説家・画家/イギリス】

1898年に刊行した動物物語『Wild Animals I Have Known(私の知る野生動物)』で世界的な人気を博した博物学者、小説家。同作を含むシートンの作品は、日本では翻訳家・内山賢次による『シートン動物記』なる書名に翻訳・編集されて爆発的なヒットを記録した。北米インディアンの研究や、ボーイスカウトの創設、普及に貢献した人物としても知られている。86歳没。