『1774年に出版された「若きウェルテルの悩み」の初版本』

1772年10月30日は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』のモデルとなったとされる人物、カール・イェルザレムが拳銃自殺した日である。
物語は、「主人公のウェルテルが婚約中のシャルロッテに叶わぬ恋心を抱き、最終的には絶望の中で自殺してゆく」というストーリーであるが、実際にはゲーテ自身がシャルロッテ・ブッフなる友人と婚約中の女性への失恋で思い悩んでいた際に、友人のカール・イェルザレムが人妻との失恋を苦に拳銃自殺を遂げたという2つの悲恋を組み合わせて、自らの作品として完成させたという。
作品はすぐさま英語、フランス語、イタリア語等に翻訳されてヨーロッパ中で大ベストセラーになった。
そしてウェルテルのモデルとなった人物がカール・イェルザレムと特定されると、その墓は《自殺の聖地》となり、彼を追って自殺を選択する若い青年が急増したという。
1974年には、その社会現象をアメリカの社会学者・デビッド・フィリップスが《ウェルテル効果》
と名付け、「(有名人の)自殺のマスメディア報道が(若者の)自殺率を促進する効果」があることを証明した。
1人の青年の自殺は文学、そして人類の歴史となって残って今も生き続けている。

(写真はWikipedia The Sorrows of Young Werther より使用)

10月30日の不幸

1年
準備中
1747年
【自殺】カール・ヴィルヘルム・イェルザレム(Karl Wilhelm Jerusalem)【法学者/ドイツ】ライプツィヒ大学時代のゲーテの友人であり、ヴェツラール時代に交遊を深めた法学者。人妻に恋心を抱いたが失恋に終わり、ピストルで自殺。没年25歳。その訃報を聞いたゲーテはイェルザレムをモデルとして代表作『若きウェルテルの悩み』を書き上げる。その作品のヒットによりイェルザレムの墓は自殺する青年の聖地となり、多くの後追い自殺者を出した。その現象はまた『ウェルテル効果』と呼ばれ後世に名を残した。
1903年
【死去】尾崎紅葉【小説家・俳人】江戸生まれで明治期に活躍した小説家。1897年から読売新聞紙上で連載開始された代表作『金色夜叉』が人気を博すが、未完のうちに胃ガンで死去。没年35歳。
1910年
【死去】アンリ・デュナン(Jean Henri Dunant)【実業家/スイス】銀行員として務める傍ら1952年にジュネーブYMCAを設立、慈善活動に精を出した。1959年にソルフェリーノの戦いの負傷者救援活動に参加し、その活動に際し「人類みな兄弟」との言葉を残した。その後1863年に国際赤十字を創立、"赤十字の父"として晩年まで貧しい中で活動し続けた。1901年に第1回ノーベル平和賞を受賞。老衰のため没年82歳。
1930年
【死去】豊田佐吉【発明家・実業家】豊田式木製人力織機等多くの特許を獲得した発明家であり、豊田紡績、豊田自動織機の創業者であり、トヨタグループの創始者。脳溢血からの肺炎で死去。没年63歳。
1997年
【死去】サミュエル・フラー(Samuel Fuller)【映画監督/アメリカ】1950年代からアメリカの独立系映画を手がけてきた映画監督。アメリカではマイナーな監督の1人という評価であったが、ヨーロッパでは作家性を評価され、ヴィム・ヴェンダース、アキ・カウリスマキらの1990年代インディー映画監督の作品で役者として起用された。ジャン=リュック・ゴダール監督の1965年の作品『気狂いピエロ』出演時の台詞「映画とは、戦場のようなもの。愛、憎しみ、アクション、暴力、死......一言で言うなら、感情だ!」は有名
2002年
【射殺】ジャム・マスター・ジェイ(Jam Master Jay)【DJ・ラッパー/アメリカ】エアロスミスの代表曲『Walk This Way』をリメイクした同名曲で大ヒットを飛ばしたアメリカのヒップホップグループ「Run-D.M.C.」のDJ、ラッパー。ニューヨーク・クィーンズのレコーディングスタジオで何者かに射殺されて死亡。没年37歳。
2010年
【死去】野沢那智【声優】アラン・ドロン、『スターウォーズ』シリーズのC-3PO役などの映画吹き替えから、アニメでは『スペースコブラ』のコブラ役、『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男役など、数々のハマリ役で知られる人気声優。タレント・野沢直子の叔父としても知られる。肺ガンで72歳没。
2012年
【死去】藤本義一【小説家・放送作家】テレビ・ラジオドラマの脚本に携わっていたが、1965年から放送開始された深夜テレビバラエティ『11PM』大阪版のメインMCとしてお茶の間の顔に。1974年の『鬼の詩』で第71回直木賞を受賞した。中皮腫で79歳没。