『1989年第61回アカデミー賞授与式に参加した時のリバー・フェニックス』撮影=Alan Light
1993年10月31日は、俳優のリバー・フェニックスがコカインとヘロインの過剰摂取で死亡した日である。
16歳で出演した『スタンド・バイ・ミー』で世界的なスターとなった才色兼備の少年俳優は、『旅立ちの時』『マイ・プライベート・アイダホ』等の大作映画で順調なキャリアを送っていったが、1993年にドラッグで急死、絶頂期を迎える前にその輝かしいキャリアの幕が閉じられた。
ウェスト・ハリウッドにあるナイトクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」の出入口のあたりで、ヘロインとコカインのオーバードースを原因とした心不全で死亡したが、その事故当時は、親友のレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシスト、フリーが救急車に乗り、帯同した。
遺体は火葬され、遺灰は故郷のフロリダで空中散布された。
麻薬撲滅運動の広告塔も務めていたヤング・スターの中毒死であっただけに、リバーの死は世界中を巻き込んだスキャンダルとなった。
しかしその死後、両親が積極的に参加していたカルト教団「神の子供たち(現ファミリー・インターナショナル)」のフリーセックスの環境で幼少期から育ったこと(童貞喪失は4歳時)や、『スタンド・バイ・ミー』撮影時のドラッグ使用が明るみに出るなど、若くして影の多い人生であったことが明るみになった。
10年にも満たない活動期間で彼が放った目映いばかりの美しさは、その引き替えとして、人間としての彼から何を奪っていったのだろうか?

(写真はWikipedia River Phoenixより使用)

10月31日の不幸

1993年
【死去】フェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)【映画監督/イタリア】詩的ともいえる映像美で知られるイタリアを代表する映画監督。1960年の代表作『甘い生活』でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞。『道』『カビリアの夜』『8 1/2』『フェリーニのアマルコルド』で4度のアカデミー賞外国映画賞を受賞。心臓発作で死亡。没年73歳。
1993年
【早世】【薬物中毒死】リバー・フェニックス(River Phoenix)【俳優/アメリカ】16歳で出演した『スタンド・バイ・ミー』で世界的なスターとなった伝説的俳優。『旅立ちの時』『マイ・プライベート・アイダホ』等の大作映画で順調なキャリアを送っていったが、1993年にウェスト・ハリウッドにあるナイトクラブ「ザ・ヴァイパー・ルーム」の出入口のあたりで、ヘロインとコカインの過剰摂取からの心不全で死亡。没年23歳。遺体は火葬され、遺灰は故郷のフロリダで空中散布された。