『ザントフォールト・サーキットを練習走行中のリカルド・ロドリゲス(写真大)と1968年に同サーキットを走行中のペドロ・ロドリゲス』

1962年11月1日は、メキシコのF1ドライバー、リカルド・ロドリゲスが、地元で初開催されたメキシコGPにおける練習中に、カークラッシュで即死した日である。
17歳でル・マン24時間耐久レースに出場、翌年18歳で2位に入賞(現在も同レースの最年少記録)する等、若くして活躍していたリカルドはフェラーリのドライバーに抜擢され、将来を嘱望される若き才能であった。
そんな彼の20歳での急死はメキシコ国民にとっては大ニュースであったが、この話には続きがある。
2歳年上の実兄、ペドロ・ロドリゲスもまた、優秀なレーシング・ドライバーであり、弟の死の翌年にF1に参戦。
その後フェラーリ、ロータス等の一流チームでで活躍し、F1通算2勝を挙げたドライバーだった。
しかし彼もまた、1971年の7月11日に、西ドイツのニュルンベルクで行なわれたレースの最中に、周回遅れの車両の巻き添えでクラッシュ。
31歳で死亡することとなった。
このことにより、ロドリゲス兄弟は「レース中に死亡した兄弟」としてメキシコ国民、そして世界中に記憶されることとなった。
リカルドが死んだメキシコのサーキットは、その悲劇にちなんで「リカルドロペス・サーキット」と命名されていたが、1971年以来、「エルマノス・ロドリゲス・サーキット(ロドリゲス兄弟サーキット)」に名前を変更した。
兄弟の人生は、永遠にカーレースとともにある。

(写真はWikipedia Ricardo Rodríguezより使用)

11月1日の不幸

1年
準備中
1962年
【レース中の事故死】【早世】リカルド・ロドリゲス(Ricardo Rodríguez)【レーシング・ドライバー/メキシコ】メキシコのF1ドライバー。17歳でル・マン24時間耐久レースに出場、翌年18歳で2位に入賞(現在も同レースの最年少記録)する等、若くして活躍していたリカルドはフェラーリのドライバーに抜擢され、将来を嘱望される若き才能であった。地元で初開催されたメキシコGPにおける練習中に、カークラッシュで即死。没年20歳。(つづく)
1962年
【レース中の事故死】【早世】リカルド・ロドリゲス(Ricardo Rodríguez)【レーシング・ドライバー/メキシコ】(つづきから)2歳年上の実兄、ペドロ・ロドリゲスもまた、レースの最中に死亡している。その悲劇にちなんで「リカルドロペス・サーキット」と命名されていメキシコのサーキットは、1971年以来、「エルマノス・ロドリゲス・サーキット(ロドリゲス兄弟サーキット)」に名前を変更した。
1997年
【死去】小坂一也【俳優・歌手】『ワゴン・マスター』でデビュー以来、"和製プレスリー"としてアイドル的人気を博したカントリー・シンガー。その後は俳優に転身し、テレビ、映画で活躍した。食道ガンで62歳没。
1999年
【死去】千秋実【俳優】1949年の『野良犬』以来、『羅生門』『七人の侍』等11本もの黒澤明の映画作品に出演、黒澤組の定連として知られた俳優。1985年の伊藤俊也監督『花いちもんめ。』で第9回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、ブルーリボン賞主演男優賞を獲得した。急性肺不全で82歳没。