『原敬の暗殺現場、東京駅丸の内南口を報じる写真』

1921年11月4日は、当時現職の内閣総理大臣、原敬が、大塚駅の鉄道職員の中岡艮一により暗殺された日である。
政党政治を強化し、一部の権力者たちへの利益の集中を促すような原の豪腕への不満がその犯行の原因だったと言われる。
写真の右側の「兇漢」と書かれている柱の影に潜んでいた中岡が、左側から駅員の立っている中央に歩いてきた原総理を短刀で刺殺。即死だった。
犯人の中山は無期懲役で収監されたが、服役中に回想録『鉄窓十三年』を書き、3回の恩赦でたった13年後に出所した。
ちなみに、死後30年ほどを経て出版された『原敬日記』の冒頭には、予め遺書がしたためられている。
激動の大正期を牽引した“平民宰相”は、自らの死を予見しながら、死んでいったのである。

(写真はWikipedia 原敬より使用。Public Domain)

11月4日の不幸

1847年
【死去】フェリックス・メンデルスゾーン(Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy)【作曲家/ドイツ】ドイツロマン派の、19世紀を代表する作曲家。幼くして天賦の才を発揮し、『ヴァイオリン協奏曲』や『夏の夜の夢』等数々の名曲を残した。ライプツィヒ音楽院を設立したことでも知られる。1847年5月に姉が死去して以来体調を崩し、同年にクモ膜下出血で死去。没年38歳。最後の言葉は「疲れた、ひどく疲れた」。
1921年
【暗殺】原敬【政治家】郵便報知新聞記者から外務省に。その後農商務省に移り陸奥宗光外務大臣に外務官僚として重用され、政界に進出。逓信大臣、内務大臣、司法大臣等を歴任し、第19代内閣総理大臣に就任。その任期中の1921年11月4日に、関西で開かれた政友会大会に向かう途中の東京駅で大塚駅の鉄道職員の中岡艮一により短刀で刺殺された。没年65歳。
1955年
【死去】サイ・ヤング(Denton True "Cy" Young)【プロ野球選手/アメリカ】クリーブランド・スパイダーズやボストン・レッドソックスなどでメジャリーグ歴代最多の通算511勝と通算316敗を記録した伝説の投手。「Cy」はサイクロンの略。竜巻のような速球で知られた右腕だった。冠状動脈閉塞症で88歳没。死後、その功績を称え、シーズン最優秀投手に送られる「サイ・ヤング賞」が制定された。
1959年
【死去】レフティ・ウィリアムズ(Claude Preston "Lefty" Williams)【プロ野球選手/アメリカ】メジャー通算82勝を挙げたカーブを得意とした左腕投手。 シカゴ・ホワイトソックス時代の1921年8月3日に八百長事件「ブラックソックス事件」に関わっていた8人のうちの1人であることが露見し、永久追放処分に。没年66歳。
1962年
【未解決事件】「草加次郎事件」歌手の島倉千代子援護会事務所に「草加次郎」のサインがされた爆発物が届き同事務所の職員1人が負傷。翌年まで十件以上の爆破、脅迫、銃撃事件に続く、一連の「草加次郎事件」の最初の事件と言われている。指紋と筆跡は残っていたものの、1978年9月5日に時効が成立。真犯人はいまだ不明の未解決事件となった。
1980年
【現役引退】読売ジャイアンツの王貞治が、シーズン終了後に現役引退を表明。通算本塁打868本(当時世界最高記録)、シーズン最多本塁打55本(当時日本最高記録)という金字塔を打ち立て、長嶋茂雄との"ON"コンビで国民的人気を博した"世界のホームラン王"。40歳で送った最後のシーズンも30本塁打を記録していた。「王貞治としてのバッティングができなくなった」として、翌年からジャイアンツの副監督に就任。
1985年
【死去】カス・ダマト(Constantine "Cus" D'Amato)【ボクシングトレーナー/アメリカ】(つづきから)。"ピーカブー・スタイル"と呼ばれるのぞき見のようなガードから懐に潜り込む戦法の考案者としても有名であり、不良少年の更正プログラムで預かった16歳のタイソンとの二人三脚は親子以上の絆だった。1984年11月1日にタイソンが11連勝を飾った直後の11月4日、肺炎で死去。77歳没。
1985年
【死去】カス・ダマト(Constantine "Cus" D'Amato)【ボクシングトレーナー/アメリカ】幼少期は不良少年としてケンカに明け暮れ、12歳の時のケンカで片目の視力を失う。それ以降ボクサーの夢を断念し、25歳で自らのジム「エンパイア・スポーティング・クラブ」をマンハッタンに開業。フロイド・パターソン、ホセ・トーレス・マイク・タイソン等の世界チャンピオンを輩出した名伯楽となった。(つづく)
1989年
【死去】隆慶一郎【小説家】本名の池田一朗名義で脚本家として『鬼平犯科帳』等多くのテレビドラマで活躍、1984年の『吉原御免状』で時代小説家に転身。原哲男の人気マンガ『花の慶次 ―雲のかなたに―』の原作『一夢庵風流記』の作者として知られる。66歳没。
1989年
【殺人事件】「坂本堤弁護士一家殺害事件」オウム真理教の活動を糾弾していた坂本堤弁護士を、オウム真理教の幹部ら6人(村井秀夫・早川紀代秀・岡﨑一明・新実智光・端本悟・中川智正)が自宅に侵入し妻、子供とともに塩化カリウム注射殺害。事件発生当時は失踪事件として処理されていたが、1995年の「地下鉄サリン事件」発生をきっかけに再捜査が行なわれ、岡崎一明の自白で一家の遺体が発見され事件の全貌が判明した。
1995年
【自殺】ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze)【哲学者/フランス】20世紀のフランス哲学を代表する哲学者。パリ第8大学で哲学の教授として勤務。晩年は生来の肺病により人工肺を使用していたが、1995年11月4日に自宅アパルトマンから投身自殺。没年70歳。
1997年
【死去】青田昇【プロ野球選手・監督】巨人などで活躍した往年の名バッター。首位打者1回、本塁打王5回、打点王2回というバランスのとれた強打者で、川上哲治とクリーンアップを組む機会が多かった。引退後は阪神、阪急、巨人でコーチ、大洋ホエールズでは監督まで歴任。現場を離れてからは的確な解説者としてテレビ、ラジオでファンを唸らせた。晩年の闘病生活中に妻の影響でカトリックの洗礼を受けたが、肺ガンで72歳没。