『スティーブ・マックイーンの愛馬ドクと愛車ジャガーXKSS』

1980年11月7日は、20世紀を代表する俳優、スティーブ・マックィーンが死亡した日である。
『荒野の七人』『大脱走』『タワーリング・インフェルノ』等、数々の映画作品で“不屈のタフガイ”を演じてきたアメリカの英雄は、そのガンとともに迎える死を前に、ありとあらゆる療法を試したことでも知られている。
1979年にアスベストが原因とされるで胸膜中皮腫が発見されて以来、財力には事欠かない“世界最大のスター”である彼の元には有象無象の治療者が集まってくるようになり、メキシコのウィリアム・ドナルド・ケリーなる医師はコーヒー浣腸、シャンプーでの洗浄、牛や羊の細胞溶液の注入等のインチキ療法で月に数千万円を荒稼ぎしたという。
最晩年は、動物介在療法でウサギとともに過ごしていたという情報もある。
最終的には5ポンドもの大きさに膨れ上がっていた腫瘍は切除できるレベルのものではなく、あらゆる病院が手術を拒否したために、メキシコで、しかも偽名で切除手術に望み、その直後に死亡したという。
生きるために全てを尽くしたとみるか、往生際が悪いとみるか、生前の出演作品とともに、彼の壮絶な死に際からも、我々は多くのものを学べるだろう。

(写真はWikipedia Steve McQueenより使用。Public Domain)

11月7日の不幸

1944年
【死刑】リヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)【スパイ/ソ連】(つづきから)死地で得たその貴重な諜報活動にもかかわらず、当時のソ連書記長のスターリンからは二重スパイの嫌疑をかけられていた。東京拘置所で絞首刑に。没年49歳。処刑直前に発した言葉は「ソビエト赤軍、国際共産主義万歳」。
1944年
【死刑】尾崎秀実【ジャーナリスト・スパイ】朝日新聞記者を務める傍ら、共産主義者として「ゾルゲ事件」に首謀者として加担していたロシア側の諜報員。1941年10月15日にゾルゲ事件の容疑で逮捕され、11月7日にゾルゲとともに絞首刑で死刑。没年43歳。
1944年
【死刑】リヒャルト・ゾルゲ(Richard Sorge)【スパイ/ソ連】第一次第二次世界大戦時に、ソ連の諜報員として上海、日本等で活動。日本ではマックス・クラウゼン(ソ連人スパイ)、尾崎秀実(朝日新聞記者)、ブランコ・ド・ヴーケリッチ(ユーゴスラビア人スパイ)らとともに日独連合軍の情報を本国に送っていたが、アメリカ共産党員の北林トモの逮捕から芋づる式に捕らえられ「ゾルゲ事件」が発覚、1941年10月18日に逮捕された。(つづく)
1980年
【死去】越路吹雪【歌手・女優】宝塚歌劇団出身のシャンソン歌手。代表曲『愛の讃歌』『サン・トワ・マミー』『ろくでなし』等でそのジャンルを切り開いた、"日本シャンソンの女王"と呼ばれている。歌の他にも映画出演や少ないながらもテレビ出演もあり、後者の代表としてはフジテレビ制作の音楽バラエティ『ミュージックフェア』の初代MCがある。胃ガンのため56歳没。本人には"重度の胃潰瘍"と伝えられ、胃の5分の4を摘出するという大手術の果ての最期であった。
1980年
【死去】スティーブ・マックイーン(Terence Steven "Steve" McQueen)【俳優/アメリカ】映画『荒野の七人』『大脱走』『タワーリング・インフェルノ』等、数々の映画作品で"不屈のタフガイ"を演じてきたアメリカの英雄であり、20世紀を代表する世界的な人気俳優。私生活ではオートバイやカーレース、飛行機の熱狂的なマニアで、何度かレースに出場もしている。3度の結婚と飲酒運転での逮捕など、派手な私生活でも知られ、マンソン・ファミリーの標的となっていたことも後年明らかになっている。(つづく)
2004年
【急死】玉井たけし【漫画家】『コロコロコミック』や小学館の学年誌で少年向けの作品を連載していたギャグ漫画家。代表作に『ウルトラ怪獣かっとび!ランド』等。生来内臓疾患に悩まされており、2004年11月7日に関係者により机に向かって執筆している状態で死亡しているところを発見された。没年44歳。
2008年
【死去】筑紫哲也【ニュースキャスター・ジャーナリスト】早稲田大学卒業後、朝日新聞社入社し記者に。その後『朝日ジャーナル』編集長に就任。出版ジャーナリストから一転、1989年からTBSの深夜帯のニュース番組『筑紫哲也 NEWS23』のメインキャスターに起用され、2007年に肺ガン治療に専念するまでは夜の顔として活躍。2008年に73歳で死亡した。