『毎日新聞社刊「毎日グラフ(1956年1月15日号)」に掲載された島倉千代子』

2013年11月8日は、昭和を代表する女性歌手、島倉千代子が死亡した日である。
15歳でコロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、16歳の時に『この世の花』でデビュー、即200万枚のセールスを記録。19歳で歌った『東京だョおっ母さん』も150万枚の大ヒット、1歳年上の美空ひばりと並ぶ国民的大スターに10代で登り詰めた。
晩年のヒット曲『人生いろいろ』のごとく栄枯盛衰、波瀾万丈の人生を歩んだ彼女の最後の録音は、肝臓ガンの果てに亡くなる3日前の2013年11月5日。死期を察したのか、当初予定していた11月15日のスケジュールを自ら前倒しした島倉は、自宅で遺作となる『からたちの小径』を収録。瀕死の状態で見事に3度歌いきり、その音源は11月14日の葬儀でも流され、弔問客の涙を誘った。
島倉の死は、幼年から国を代表し続けたアーティストに相応しい、見事な死に際であったといえるだろう。

(画像はWikipediaより使用。Public Domain)

11月8日の不幸

1年
準備中
2000年
【自殺】向坂松彦【アナウンサー】1956年にNHKに入社、大相撲中継等のスポーツ担当アナウンサーとして活躍。1976年のモントリオール五輪で体操女子の金メダリストであるナディア・コマネチを"白い妖精"と形容したことでも知られる人物。フジテレビでアナウンサーを務める向坂樹興は甥。定年後は大相撲ジャーナリストとして活躍したが、2000年に横浜市の自宅で左手の手首を切って自殺した。没年66歳。
2001年
【死去】横山隆一【漫画家・アニメーション作家】早稲田大学のマスコットキャラクターとしても知られるマンガ『フクちゃん』の作者であり、同作を始めとした黎明期のアニメーション作家としても活躍した人物。1947年に紫綬褒章受章。脳梗塞で92歳没。
2010年
【死去】ジョー樋口【元レフリー・元プロレスラー】全日本プロレス全盛期に主にジャイアント馬場の試合を裁いたスキンヘッドの名レフェリー。よく試合に巻き込まれて失神することが多く、また、マットの叩きすぎで、腕が慢性的な血行障害に陥っていたことで知られる。晩年は三沢光晴が立ち上げたプロレスリング・ノアで監査役も務めた。肺腺ガンで81歳没。
2013年
【死去】島倉千代子【歌手】昭和を代表する女性流行歌手、演歌歌手。15歳でコロムビア全国歌謡コンクールで優勝し、16歳の時に『この世の花』でデビュー、即200万枚のセールスを記録。19歳で歌った『東京だョおっ母さん』も150万枚の大ヒット、1歳年上の美空ひばりと並ぶ国民的大スターに10代で登り詰めた。仕事面の成功とは裏腹に私生活では離婚や多額の借金など、晩年のヒット曲『人生いろいろ』のごとく波瀾万丈の人生を歩んだ。肝臓ガンで75歳没。