『森繁久弥CD「屋根の上のバイオリン弾き」のジャケット、森光子舞台「放浪記」ポスター、高倉健レコード「網走番外地」のジャケット』

11月10日は、昭和の日本を代表する俳優、森繁久弥、森光子、高倉健という3名が奇しくも死亡した日である。
2009年に老衰で亡くなった森繁は93歳、2012年には肺炎による心不全で亡くなった森は92歳、2014年に悪性リンパ腫で亡くなった高倉は83歳と、3人ともが高齢に至っても第一線で活躍し続けた、才気溢れる大俳優である。
彼らの遺した膨大な作品群は“昭和日本の文化遺産”であるともいえ、その素晴らしい功績を記憶し続けるためにも、11月10日は《俳優の死んだ日》として記憶してゆこう。

(写真は森繁久弥CD「屋根の上のヴァイオリン弾き」(EMIミュージック・ジャパン)のジャケット、森光子舞台「放浪記」ポスター(帝劇)、高倉健レコード「網走番外地」のジャケット(テイチク))

11月10日の不幸

1843年
【死去】ジョン・トランブル(John Trumbull)【画家/アメリカ】アメリカ建国期に活躍した隻眼の画家。現在の2ドル紙幣に描かれた『アメリカ独立宣言』等、歴史的な場面を描いた作品で知られる。ニューヨークにて87歳没。
1891年
【死去】アルチュール・ランボー( Jean Nicolas Arthur Rimbaud)【詩人/フランス】(つづきから)後年は様々な職業に就きながら各地を転々とし、最終的にはアビシニア(現エチオピア)のハラールに移住し、武器商として生きたが骨肉腫の悪化でフランスに帰国。右足切断の治療も敵わず、マルセイユで死亡した。没年37歳。
1891年
【死去】アルチュール・ランボー( Jean Nicolas Arthur Rimbaud)【詩人/フランス】20世紀の詩人や芸術家たちに絶大な影響を与えたフランス象徴主義の代表的天才詩人。代表作に、不倫関係の末に銃撃事件にまで発展したポール・ヴェルレーヌとの悲恋を綴った『地獄の季節』、未完のまま発表された『イリュミナシオン』等。詩人としての活動期間は実質4年ほどで、(つづく)
2006年
【死去】はらたいら【漫画家】代表作に『週刊漫画ゴラク』の連載『モンローちゃん』等を持つ人気漫画家。TBSの看板クイズ番組『クイズダービー』の回答者として長らく出演し、驚異的な正解率を披露、その広い博識を披露した。晩年は肝硬変を患い、肝臓ガンで死亡した。没年63歳。
2008年
【死去】デイヴ平尾【歌手】横浜・本牧にあったクラブ「ゴールデン・カップ」のレギュラー・バンドとして活動し、1966年にエディ藩らと「ザ・ゴールデン・カップス」を結成。元そのリードボーカル、リーダーを務めた。『長い髪の少女』『愛する君に』等のヒット曲でグループサウンズ期の人気バンドとなった。1972年1月1日の沖縄公演時に火災に遭い、機材がほぼ全て全焼。翌日バンドとして解散となった。解散後はソロで歌手、俳優として活動。食道ガンの末に心不全で急逝。63歳没。
2009年
【殺人事件】「市橋達也容疑者逮捕」2007年3月26日に発生したイギリス人英会話教師、リンゼイ・ホーカーの殺人事件「市川市英国人女性殺害事件」で指名手配されていた市橋達也容疑者が逃亡先の大阪南港フェリーターミナルで逮捕。市橋は概ねで犯行は認めたものの、殺意はなかったと証言。無期懲役刑が確定している。
2009年
【自殺】ロベルト・エンケ(Robert Enke,)【サッカー選手/ドイツ】ベンフィカ、FCバルセロナ、ハノーファー96等のチームに所属し国際的に活躍した元ドイツ代表のゴールキーパー。現役生活真っ只中に、ハノーファーの自宅近くの踏切で快速列車に飛び込み自殺。没年32歳。没後、晩年の6年間を鬱病に苛まれていたことを妻が告白した。
2009年
【自殺】ロベルト・エンケ(Robert Enke)【サッカー選手/ドイツ】ベンフィカ、FCバルセロナ、ハノーファー96等のチームに所属し国際的に活躍した元ドイツ代表のゴールキーパー。現役生活真っ只中に、ハノーファーの自宅近くの踏切で快速列車に飛び込み自殺。没年32歳。没後、晩年の6年間を鬱病に苛まれていたことを妻が告白した。
2009年
【死去】森繁久彌【俳優】(つづきから)『知床慕情』等を作詞作曲したシンガーソングライターとしての活動も。晩年は妻、長男に先立たれながら91歳頃まで出演を重ね、老衰で死亡した。没年96歳。翌月8日に国民栄誉賞の追贈が決定された。
2009年
【死去】森繁久彌【俳優】東京宝塚職員、NHKアナウンサー、満洲電信電話を経て1947年の映画『女優』で映画デビュー。1949年にムーラン・ルージュに入団しミュージカルでも頭角を現わし、NHKラジオ『愉快な仲間』レギュラー出演し人気を獲得。以降、『次郎長三國志』『夫婦善哉』『社長シリーズ』等のヒット映画で主演し、日本を代表するスター俳優に。その一方で舞台での活動も生涯にわたり続け、代表作であるミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』は1967年年の初公演から1986年まで、900回を数えた。(つづく)
2012年
【死去】森光子【女優】(つづきから)その後はテレビバラエティ『3時のあなた』の司会、ドラマ『時間ですよ』等数々のヒット作で"日本のお母さん"として人気タレントの地位を確立。2009年には国民栄誉賞を俳優としては初めて生前に受賞。晩年は年齢差46歳の東山紀之と浮き名を流すなど、最期まで老いを感じさせない女優として活躍した。肺炎による心不全で92歳没。
2012年
【死去】森光子【女優】祇園の芸妓であった母、艶の私生児として育てられ、従兄弟で俳優の嵐寬寿郎のプロダクションから。1935年の映画『なりひら小僧 春霞八百八町』で女優デビュー。1949年には肺結核に冒されたが3年間の治療期間を経て復帰。ラジオコメディー『エンタツちょびひげ漫遊記』で人気を得る。1963年には舞台『放浪記』で初主演、以降2009年まで上映回数2000回を数える代表作となった。(つづく)
2014年
【死去】高倉健【俳優・歌手】(つづきから)その後も『八甲田山』『幸福の黄色いハンカチ』『鉄道員』等ヒット映画を連発。晩年に至るまでスターのイメージを崩さない伝説的俳優で、国外からの人気も高かった。悪性リンパ腫で83歳没。
2014年
【死去】高倉健【俳優・歌手】日本生命のCMでの台詞「自分、不器用ですから」で知られる、生涯木訥なタフガイを演じ続けた昭和の日本映画を牽引した大俳優。東映ニューフェイス第2期生で入社後、1956年の映画『電光空手打ち』で主役としてデビュー。その後、1960年代の任侠映画ブームの中心として絶大な人気を獲得。『網走番外地』シリーズ『昭和残侠伝シリーズ』はいずれも大ヒットを記録し、高倉が歌ったそれぞれの主題歌『網走番外地』『唐獅子牡丹』も絶大なセールスを記録した。(つづく)