『2004年に北朝鮮が公開した北朝鮮での横田めぐみの写真』

1977年11月15日は、当時13歳の中学生であった新潟市の中学生、横田めぐみが北朝鮮により拉致された日である。
日本政府が認定した17人の拉致被害者のうちのひとりである横田めぐみは、その誘拐当時まだ幼い少女であったことも手伝い、拉致被害者の中でも最も関心を集めてきた人物であった。
しかし、日朝間の度重なる交渉の末に2004年に送られてきたのは、既に死亡しているとしての遺骨であった。
しかし、日本でのDNA鑑定の結果、別人のものであると発表され、数々の脱北者たちの証言からは、いまだに生きているという生存説も出てきているため、遺骨は北朝鮮政府による捏造であるという見方が多い。
しかし、そもそも科学的に遺骨からDNA鑑定をすること自体が困難であるともいわれており、また、北朝鮮には火葬の風習もないということも判明するなど、どこからどこまでが捏造であるのかすらわからないような状態にあるのが彼女の事件の現状なのである。
果たして、この事件の真相が明らかになる日は、やってくるのだろうか。

(写真は『New York Times』より使用)

11月15日の不幸

1976年
【死去】ジャン・ギャバン(Jean Gabin)【俳優/フランス】20世紀のフランスを代表する俳優。1937年の映画『望郷』により一躍スターダムに登り、『夜は我がもの』で1951年『現金に手を出すな』と『われら巴里っ子』で1954年、『放浪者アルシメード』で1959年とヴェネツィア国際映画祭男優賞を3度受賞した。私生活では3度の結婚と離婚を経験し、同じく当時の大スター女優のマレーネ・ディートリッヒとの交際でも世界的な話題に。72歳の1976年に心臓発作で死亡したが、ディートリッヒの夫であるルドルフ・シーバ
1977年
【北朝鮮拉致事件】『横田めぐみ拉致』『2004年に北朝鮮が公開した北朝鮮での横田めぐみの写真』当時13歳の中学生であった新潟市の中学生、横田めぐみが北朝鮮により拉致。日本政府が認定した17人の拉致被害者の中でもまだ幼い少女であったことも手伝い、拉致被害者の中でも最も関心を集めてきた人物だったが、その後の日朝間の度重なる交渉の末に2004年に送られてきたのは、既に死亡しているとしての遺骨であった。しかし、日本でのDNA鑑定の結果、別人のものであると発表、数々の脱北者たちの証言からは、生存説も流れている。
1986年
【気象】「三原山噴火」伊豆大島の三原山が12年ぶりに噴火し、21日に最大に。死亡者無し。
1986年
【国際事件】【誘拐】「三井物産マニラ支店長誘拐事件」三井物産マニラ支店長の若王子信行が、1986年11月15日ゴルフ場からの帰り道にフィリピン共産党の軍事組織、新人民軍(NPA)の5人に誘拐された事件。翌年1月16日に犯行グループから右手中指が同封された脅迫状と写真(下着姿)、カセットテープが送られてきたことが報道され、国民の関心事になった。3月31日に身代金1000万円と引き替えに人質は解放され、中指も偽物であったことが判明した。その後1991年に犯人は逮捕され、犯行に日本赤軍の関与を供述した。
1991年
【早世】【エイズ】ロバート・マッコール(Robert McCall)【フィギュアスケート選手】1988年カルガリーオリンピックのアイスダンスで銅メダルを獲得したカナダを代表するフィギュアスケーター。世界選手権3位が3回、カナダ選手権7連覇という実力の持ち主であったが、33歳でエイズの合併症により死去。彼がゲイであることは半ば公然の事実であったが、その死後、アメリカのフィギュアスケーターであるスコット・ハミルトンによって暴露された。
2006年
【急死】石川賢【漫画家】永井豪のアシスタントとしてダイナミックプロに入社し独立した漫画家。個人活動から再びダイナミックプロに復帰し、人気絶頂期で手が回らない永井の企画『ゲッターロボ』を共作として手がけた。2006年11月15日、甲府市にあるゴルフ場での宴会中に急性心不全で死去。58歳没。リイド社の雑誌『コミック乱ツインズ』に連載していた『〜戦国忍法秘録〜五右衛門』の第6回で絶筆となった。
2006年
【早世】アナ・カロリナ・レストン(Ana Carolina Reston)【ファッションモデル/ブラジル】13歳の頃、地元サンパウロの美人コンテスト出場を機にファッションモデルに。やがてアルマーニやベルサーチの広告に出るなど世界的な活躍をみせたが、日本での活動を最後に拒食症からの栄養失調で死亡。没年21歳。中国や日本での滞在時に太りすぎだと揶揄されたことを気に病み、激しいダイエットを敢行したことが原因だった。この事件をきっかけに、スペイン、イタリアではBMI(肥満度を指す指数)が18に満たない痩せすぎモデ
2010年
【死去】星野哲郎【作詞家】雑誌「平凡」の懸賞に応募した『チャイナの波止場』が入選し、作詞家の道へ。以降、日本を代表する作詞家として『男はつらいよ』『函館の女』『自動車ショー歌』『昔の名前で出ています』『アンコ椿は恋の花』『兄弟船』等数々の大ヒット曲を手がけ、1996年からは社団法人日本作詩家協会の会長を、2001年からは社団法人日本音楽著作権協会 (JASRAC) の会長を務めた。心不全で85歳没。
2010年
【自殺】松本友里【タレント】俳優だった父天野新士とともに『オールスター家族対抗歌合戦』の「父と娘大会」に出場したことでスカウトされ、1984年にアイドル歌手デビュー。その後女優に専念していたが、松平健の舞台を感激したことをきっかけに松平と結婚。芸能活動を引退し男児を出産したが、実母の介護と死去による心労で鬱状態になり、自宅ドアノブにかけたロープで首吊り自殺。没年42歳。12月3日の告別式まで、エンバーミングが施された状態で保存されていた。