『1978年のフレディー・マーキュリー』(アメリカ・コネチカット州ニューヘイブンにて行なわれた『WPLR Show』にクィーンとして出演)

1991年11月24日は、1970年〜1990年代にかけて活躍した世界的人気ロックバンド「クィーン」のヴォーカリストであるフレディー・マーキュリーが死亡した日である。
長きにわたり膨大な数のヒット曲を作詞・作曲したミュージシャンであり、ボーカリストとしても世界有数のテクニックを誇った。
その華やかな活動は私生活に於いても同様であり、男女を問わない奔放な性生活を送っていたことでも有名で、その代償として、当時はまだそれほど多くは存在しなかったHIVウィルスの感染者となってしまった。
その病気に関して、生前に公表されることはなかったが、バンド内では告知を受けてすぐに共有されていたといわれる。
そしてフレディは1990年2月18日の「ブリット・アワード授賞式」のステージを最後に、徐々に衰弱し、死亡する2日前の11月22日、遂に自らの病気を告白する声明を出し、その約1日後にエイズによる気管支炎で死亡した。
その指には、晩年6年ほどのパートナーであった美容師のジム・ハットンから贈られた結婚指輪を付けていたという。
ハットンはまた、フレディからHIVウィルスに感染したかと問われた際、彼の心情を慮って「していないと」嘘の告白をしたことで知られている。
ちなみにハットンは、エイズの新薬の開発により、2010年にガンで死亡している。

(写真はWikipedia Freddie Mercuryより使用)

11月24日の不幸

1991年
【エイズ】フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)【歌手・ミュージシャン】1970年〜1990年代にかけて活躍した世界的人気ロックバンド「クィーン」のメンバーであるインド出身のイギリス人ロックスター。『ボヘミアン・ラプソディ』や『We are the champions』等に代表される多くのヒット曲を作詞・作曲したミュージシャンであり、ボーカリストとしても世界有数のテクニックを誇った。(つづく)
1991年
【エイズ】フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)【歌手・ミュージシャン】(つづきから)