『真珠湾攻撃開始直後に日本軍用機から撮影された写真』

1941年12月7日は、日本軍によるアメリカ領ハワイ・オアフ島真珠湾への攻撃が行なわれた日である。
太平洋戦争の対アメリカ戦の初戦として行なわれたこの攻撃は、2,403人の犠牲者と4隻の軍艦を含む膨大な被害をアメリカ軍に与え、アメリカの太平洋に於ける最高の基地が、小国日本に攻略されたという衝撃をもってアメリカ国民を震撼させた。しかし、その屈辱に震えるフランクリン・ルーズベルト大統領の元、アメリカは対日本戦へ一致団結。翌8日に宣戦布告し、日本本土への人類史上最大ともいえる悲劇=原爆投下で結末をみる太平洋戦争は、こうして幕を開けたのであった。この真珠湾攻撃の瞬間は、原爆投下をとらえた写真とともに、対の悲劇として記憶に止めるべき不幸である。

(写真はWikipedia Attack on Pearl Harborより使用。Public Domain)

12月7日の不幸

1984年
【自殺】チャールズ・レイ・ハッチャー(Charles Ray Hatche)【殺人犯/アメリカ合衆国】

冤罪事件として知られる1978年の冤罪事件『クリスチャン少年殺害事件』の真犯人として知られる連続殺人犯で、少年少女への性犯罪を繰り返しながら5人の殺人が明らかになっている人物。サイコパスの衝動的な殺人犯の典型といわれ、1982年に当時11歳のミッシェル・スティールの誘拐殺人が発覚し逮捕された。逮捕後の供述では「16人は殺害している」と自白し、裁判では全ての犯行を認め死刑を望んだものの終身刑を言い渡された。刑が確定後、独房で首吊り自殺。没年55歳。

1985年
【死去】ロバート・グレーヴス(Robert von Ranke Graves )【詩人・小説家・教師/イギリス】

1962年に映画化された評伝『アラビアのロレンス』の著者として知られる人物。数度の従軍経験とカイロ大学、ケンブリッジ大学を始めとした国内外での教師生活を通じ、自伝『さらば古きものよ』等様々な著作を発表した。晩年は健忘症に苦しみ、心不全で90歳没。

1990年
【自殺】レイナルド・アレナス(Reynaldo Arenas)【小説家・詩人/キューバ】

キューバで同性愛者であること、反政府的な人物であることを咎められ、著作の全てを発禁処分にされていた小説家。1973年に投獄も経験したが、1980年にアメリカに亡命。代表作に2000年に映画化された自伝『Before Night Falls(夜になる前に)』等。1987年にエイズに罹っていることが判明し、1990年にアルコールと睡眠薬の過剰摂取で自殺。没年47歳。遺書では自らの酷い鬱状態への言及するとともに祖国キューバへのメッセージが綴られ、「キューバは自由になるべきだ、私は既に自由なのだから」と締めくくった。

2013年
【死去】すまけい【俳優・演出家】

芸術劇場に所属し俳優としてのキャリアをスタート。その後自らの劇団「すまけいとその仲間」を結成し、1960年代新宿のアングラ演劇シーンで活躍し、大胆な翻案でその出世作となった『ゴドーを待ちながら』で一躍時の人となった。その後山田洋次の監督作品の常連として活動。『男はつらいよ』シリーズへの出演や、1986年の映画『キネマの天地』で第29回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞した。1999年の膀胱ガン、2001年の脳梗塞、2010年の大腸ガンと、晩年は激しい闘病生活を送りながら俳優活動を続け、2013年12月7日に肝臓ガンで死亡。没年78歳。