『「ビルボード」誌1971年9月17日号に掲載されたジョン・レノン作「IMAGINE」の広告』

1980年12月8日は、ビートルズのメンバーとして1960年代を席巻し、その解散後も世界的に活躍したミュージシャン、ジョン・レノンが、自宅前で待ち受けていたマーク・チャップマンに射殺された日である。
20世紀のショービジネスを牽引した稀代のロックスターであり、政治的な発言も辞さない過激な発言で知られた社会的影響力の大きな人物であったジョン・レノンの死は全世界に衝撃を与え、そして『ライ麦畑でつかまえて』を片手に5発の銃弾を撃ち込んだ若者の凶行は、世界一有名な暗殺者としての物語となった。しかしその同機はいまだ明らかになっておらず、2016年に9度目の仮釈放申請が
棄却されたまま現在も、チャップマンは服役中である。

(画像はWikipedia John Lennonより使用。Public Domain)

12月8日の不幸

1980年
【暗殺】ジョン・レノン(John Lennon)【ミュージシャン/イギリス】

20世紀最大のアイドルグループ「ビートルズ」のメンバーとして世界中を席巻したミュージシャン。同グループを牽引したもうひとつの巨大な才能、ベースのポールマッカートニーとともに「レノン=マッカートニー」名義で、『I Want To Hold Your Hand』『She Loves You』『Help!』『Hey Jude』『Let It Be』等、数え切れないほど多くの不朽の名曲をリリースした。1970年に同グループを解散して以降は2人目の妻であり前衛芸術家のオノ・ヨーコとともにソロ活動を開始。『Imagine』『 Happy Xmas (War Is Over)』『Starting Over』等の大ヒット曲を発表しながら、自らの社会的影響力を活かした政治的な活動も精力的に行なった。1980年12月8日の午前中に、ニューヨークの自宅アパート、ダコタ・ハウスの前で待ち受けていた狂信的ファン=マーク・チャップマンにより銃殺された。没年40歳。

1994年
【死去】柏戸剛【大相撲力士・指導者】

山形県の豪農の家に生まれ、1954年に伊勢ノ海部屋の力士として初土俵を踏む。その恵まれた体躯を活かした豪快な取り組みで1961年に大相撲第47代横綱に昇進し、同時に昇進したライバルの第48代横綱・大鵬とともに「柏鵬時代」と呼ばれる大相撲黄金期を築いた大横綱。幕内最高優勝5回、生涯幕内成績599勝240敗140休という輝かしい成績を残した。1969年7月場所3日目の朝登戦に敗れ現役引退を表明。力士時代の晩年は持病の糖尿病により満足な稽古もできない状態であった。引退後は鏡山部屋を創設し後進の育成に努めたが、糖尿病の悪化から引き起こされた肝不全で58歳没。

1994年
【死去】アントニオ・カルロス・ジョビン(Antônio Carlos Brasileiro de Almeida Jobim)【ミュージシャン・音楽家/ブラジル】

『Chega de Saudade(想いあふれて)』『Garota de Ipanema(イパネマの娘)』等の不朽の代表曲で知られ、ジョアン・ジルベルト、ヴィニシウス・ヂ・モライスらとともに1950年代に「ボサノヴァ」を確立した20世紀ブラジルを代表する音楽家。心臓発作で94歳没。その死後、生前の多大な貢献に敬意を表し、ブラジルは大統領令により3日間喪に服した。