『スパイダーホール(隠れ穴)から米兵に引きずり出されるサダム・フセイン元イラク大統領』

2003年12月13日は、アメリカから“悪の枢軸”と呼ばれたイラク共和国を率いた大統領、サダム・フセインが米軍により身柄を拘束された日である。
2003年3月20日に「大量破壊兵器を保持している」という、あらぬ嫌疑で開始された「イラク戦争」は、アメリカが“悪の独裁者”と断定した男のショッキングな拘束劇で幕を閉じた。身柄拘束後、フセインは穴の中に隠れていたことを否定しており、また、米軍兵士の中にイラク人を発見した際になじったために殴られたとも言われていることから、この写真は米軍発表を裏付けるための“撮影”であった可能性が高い。米軍が“世界の敵”と呼んだ男の捕獲が、「礼拝の最中(フセイン談)」では都合が悪かったのだろうか。ともあれ、この後の2006年12月30日に処刑されるシーンがネット流出したことも含め、サダム・フセインの処刑は、かつてないほど多くの人々の目に触れた“疑似公開処刑”である。その処刑の理由はおぼろげにもほどがある酷いものであったが、その結末は、史上稀に見る明確さであった。既にフセインの死から10年以上が経過しているが、開戦の理由の稀薄さは誰の記憶からも薄れており、その一方で、独裁者の殺害シーンは今もって鮮明である。「歴史は勝者が作るものである」ということを、この1枚の写真はうんざりするほど雄弁に物語っている。

(写真はWikipedia Operation Red Dawnより使用。Public Domain)

12月13日の不幸

1466年
【死去】ドナテッロ(Donatello)【彫刻家/イタリア】

ルネサンス初期にフィレンツェ、パドヴァ等で活躍しその後の美術界に多大な影響を与えた世界的な彫刻家。代表作1440年頃に制作されたブロンズ製の『ダヴィデ像』は古代以来最初の裸の立像とされ、レリーフの技術を編み出したことや遠近法を用いたことなど、技術的な意味で後世に多くの影響を及ぼしている。また、私生活では同性愛者であったということでも知られている人物である。1466年12月13日に80歳没。

1944年
【自殺】ルーペ・ヴェレス(Lupe Vélez)【女優・ダンサー/メキシコ】

メキシコ出身ながら20世紀初めのハリウッドで大成功を収めた女優。代表作『Mexican Spitfire』の通りかんしゃく持ち(Spitfire)の激しい気性で知られ、その過度に情熱的なパーソナリティは様々なスター達を虜にし、チャールズ・チャップリン、ゲイリー・クーパー、エロール・フリン、ジャック・デンプシー等という錚々たる男性遍歴で世間を騒がせた。婚約していた若手俳優のハラルド・ラモンドの子をその身に宿しながらブランデーと75錠の睡眠薬セコナールを飲んで自殺。36歳没。死因は、ラモンドとの破局、そして生まれてくる子が私生児となることを避けるためといわれているが、双極性障害の発作とも、替え玉殺人とも多くの都市伝説的な後日譚が囁かれた。

2001年
【夭折】チャック・シュルディナー(Charles Michael "Chuck" Schuldiner)【ミュージシャン/アメリカ合衆国】

デスメタルバンド「Death」のボーカル・ギタリストとして知られるロック・ミュージシャンで、"The Godfather of Death Metal(デスメタルの父)"と呼ばれる人物。その後デスメタルの代名詞となる歌唱法「デスグロウルスタイル(デスボイス)」の発明者のひとりと言われている。1999年5月に悪性の脳腫瘍と診断され、すぐさま放射線治療と摘出手術を行なった。その後快方に向かったと思われ音楽活動も再開したが、2001年12月13日に脳腫瘍のため死亡。没年34歳。

2007年
【死去】メイ牛山【美容研究家・教育者】

本名・牛山マサコ。「ハリウッド化粧品」創業者である牛山清人と結婚し、海外留学の経験を活かし日本の美容技術の発展に寄与した人物。ハリウッド美容専門学校(現ハリウッドビューティ専門学校)で長年にわたり後進の指導に当たった。で2007年12月13日に心不全で96歳没。長年の貢献に敬意を表し、その死後の2013年4月30日に、一般社団法人日本記念日協会によりメイの誕生日である1月25日が「美容記念日」として登録された。