『米永邦夫米長邦の2012年12月1日のツイート』

2012年12月18日は、昭和の将棋界を牽引した永世棋聖、米長邦雄九段の死亡した日である。
タイトル獲得期19という歴代5位の圧倒的な強さを誇った棋士としてのみならず、豪放磊落な発言の数々や42歳での週刊誌上にてヌード披露等で将棋界の外で話題を振りまき、稀代の好色家としても知られた型破りな生き方は、それまでの棋士のイメージを大きく覆すものであった。
また、日本将棋連盟会長を務めていた時代の公式ウェブサイトでの「Wピース写真」やTwitterでの忌憚のない発言で、将棋に興味のなかったであろう若いネット世代にも衝撃を与えていたことでも知られる。
その死に際しても、2008年に前立腺ガンの告知を受けた際に、性生活のために全摘手術をためらったことが転移に繋がったと自著の中で告白している。
そのあたりの米長の心情はウェブサイト『米長邦雄の家』内にある『癌ノート』でもいまだに読めるが、そこにあるのは、“ひとかどの業績を為した著名人が、全摘後のセックスについてここまで公に葛藤できるのか”と思わざるを得ない快文だ。
永世棋聖と呼ばれた男が、死と、男性としての死に際して、どのように考えていたのかが、そこには遺されている。

(写真は米長邦雄Twitterより使用)

12月18日の不幸

1990年
【死去】ポール・トルトゥリエ(Paul Tortelier)【作曲家・チェリスト】モンテカルロ歌劇場管弦楽団、ボストン交響楽団、パリ音楽院管弦楽団の首席チェロ奏者として活躍したフランスを代表するチェロ奏者。『イスラエル交響曲』の作曲でも知られ、1956年にはイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団で指揮者としてデビューした。1990年、パリのピラルソー音楽学校でチェロに寄りかかったまま死去。死因は心臓発作。没年76歳。
1990年
【死去】林忠彦【写真家】木村伊兵衛、土門拳らと並び昭和初期から日本の写真界を牽引した写真家。代表作に酒場での太宰治や坂口安吾のポートレート、紙屑に囲まれた坂口安吾のポートレートなどがある。晩年はガンや脳出血のため半身不随となりながらも撮影を続けた。没年72歳。
1996年
【死去】武原英子【女優】1967年にドラマ『素顔の青春』(NHK)でデビューし、映画、ドラマで活躍した女優。『2時のワイドショー』の司会などでも活躍した。1980年に歌手のにしきのあきらと結婚。1996年12月18日に乳ガンのため死亡した。没年50歳。
2000年
【事故死】カースティ・マッコール(Kirsty MacColl)【ミュージシャン/イギリス】代表曲『A New England』等で知られる1980年代〜1990年代に活躍した女性シンガーソングライター。ラジオ番組の宣伝で訪れたキューバからメキシコのコスメル島に移動し家族で休暇を取っていた際、スキューバダイビング中に事故死した。当時13歳と15歳の息子が移送用のモーターボートの進路にいたためにそれを突き飛ばし、自らが犠牲になっての不幸だった。
2006年
【死去】ジョセフ・バーベラ(Joseph Roland "Joe" Barbera)【アニメーター】1937年にメトロ・ゴールドウィン・メイヤー (MGM)に入社し、ウィリアム・ハンナとともに『トムとジェリー』を製作したことで知られるアニメーター。その後ハンナ・バーベラ・プロダクションとして独立し、『原始家族フリントストーン』『森のスマーフ』等多くの人気アニメーション作品を世に送り出した。老衰のため95歳で死去。
2007年
【死去】宮内和之【ミュージシャン】国岡真由美とのユニット「ICE」で活躍したギタリスト。代表曲に『MOON CHILD』『Yes,I Do』等。私生活では国岡と結婚したが、耳下腺ガンで死亡した。没年43歳。
2012年
【死去】米長邦雄【将棋棋士】(つづきから)2008年に前立腺ガンの告知を受けた際に、性生活のために全摘手術をためらったことが転移に繋がり、そのまま2012年に死去。没年69歳。
2012年
【死去】米長邦雄【将棋棋士】昭和の将棋界を牽引した永世棋聖、九段。日本将棋連盟会長。タイトル獲得期19という歴代5位の圧倒的な強さを誇った棋士としてのみならず、豪放磊落な発言の数々や42歳での週刊誌上にてヌード披露等で将棋界の外で話題を振りまき、稀代の好色家としても知られた型破りな生き方は、それまでの棋士のイメージを大きく覆すものであった。2012年にはボンクラーズなる将棋コンピューターと対戦し敗北。その様を自著『われ敗れたり』に綴った。(つづく)