『極東軍事裁判での東条英機と広田弘毅』

1948年年12月23日は、第二次世界大戦後の極東軍事裁判で戦争犯罪者として死刑判決を受けた二人の元総理大臣が、巣鴨プリズンで絞首刑を執行された日である。
太平洋戦争を内閣総理大臣・陸軍大臣として日本を率いた東条はもちろん、戦前に総理大臣任期中から軍部の権限を増長させたとして広田は文官ではただ一人の絞首刑を言い渡された人物となった。この日は、その他にも5名の軍人が戦犯として裁かれ、「南京事件」の責任を問われた陸軍大将の松井石根(B級戦犯)、関東軍参謀長、陸軍大臣等を歴任した板垣征四郎(A級戦犯)、同じく陸軍大将の木村兵太郎と土肥原賢二(ともにA級戦犯)、陸軍中将の武藤章(A級戦犯)が絞首刑に処された。この7名の処刑をもって太平洋戦争は米軍により強制的に終結を迎えたが、8月15日の終戦記念日のようにその日付が記憶されることは少ない。それはこの7名だけでなく、多くの戦争犠牲者にとっても不幸な事実であるといえるだろう。

(写真はWikipedia Hideki Tojo , Hiroki Hirotaより使用。Public Domain)

12月23日の不幸

2001年
【自殺】ジャック・マイヨール(Jacques Mayol)【フリーダイバー/フランス】

1976年に人類で初めて100メートル超えの素潜りに成功したフランスのフリーダイバー。リュック・ベッソンの代表作『グラン・ブルー』に本人役で出演したことでも知られる。晩年は鬱病に苛まれ、2001年にイタリア・エルバ島の自宅で首吊り自殺しているところを発見された。没年74歳。テーブルの傍には『グラン・ブルー』とテレビ朝日での出演ドキュメンタリー『グレートマザー物語』のビデオが置いてあったという。死後、トスカーナ湾に散骨された。

2013年
【死去】ミハイル・カラシニコフ (Mikhail Kalashnikov)【銃器設計士・軍人/ソ連・ロシア】

ロシア連邦(旧ソ連)の戦車長を務めた軍人であり、"世界で最も使用された軍用銃"である「AK-47」通称"カラシニコフ突撃銃"を設計・開発した銃器設計士。赤軍軍人として軍役時に負傷し、病院で療養していた時に産み出され、その設計図は後の妻が作成したAK-47は、1949年にソビエト連邦が正式採用して以来、その頑強さと生産のしやすさで、50年以上にもわたり世界各国の最前線で使用されてきた。カラシニコフ自身は、テロリズムや犯罪の最前線で活躍し続ける自らの発明品に心を傷めており、その死の6カ月前にロシア正教会のキリル総主教に多くの人命を奪う原因になった自らの発明に心を傷めていたことを告白する手紙を送っていた。胃からの出血で94歳没。