『信者の女性たちに囲まれるラスプーチン』

1916年12月30日は、帝政ロシア末期に絶大な権力を誇った“怪僧”ラスプーチンが、貴族のフェリックス・ユスポフらに殺害された日である。
民間の新興宗教まがいの祈祷師から時のロシア皇帝ニコライ2世とアレクサンドラ皇后の信頼を勝ち取り、最終的には国の行方を左右する権力を手にしたといわれる“ロシアン・ドリーム”ことラスプーチン。それは、最終的にはロシア帝国崩壊のきっかけになったとさえいわれる悪夢の伝説である。そしてその悪名に大きな影響を及ぼしているのが33センチともいわれる巨根伝説であり、ロシア史上に残る性豪としてランクされているラスプーチンは、巨大なペニスで皇后を始めとする多くの女性たちを掌握していたというものである。そのペニスが近年まで展示されていたという事実も含め(実際にはナマコと判明)、その伝説はいまだロシアで生き続けている。そしてラスプーチンは他の多くの怪人と同じく《タナトス》サイドの伝説もまた奮っており、義憤に燃えた貴族・ユスポフらに惨殺されるのである。紅茶、ケーキに青酸カリを忍ばせたものの難なく平らげたラスプーチンにユスポフが発砲。心臓付近を含む2箇所を貫通したものの起き上がる怪人を雪の積もる外に突き出し、更に数発の銃弾を命中させてやっと絶命したというものであった。最終的には極寒の川に放り込んでやっと動きを止めたというもので、その死に際はまさに《怪人》、モンスター映画さながらのエンディングである。「現ロシア大統領のプーチンが、元々はラスプーチン姓であったがその悪名との繋がりを恐れてプーチンと名乗るようになった」という噂も含め、いまだ死ぬことのない伝説として怪僧は生き続けているのだ。

(画像はWikipedia Grigori Rasputinより使用。Public Domain)

12月30日の不幸

1988年
【死去】イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)【彫刻家・インテリアデザイナー/アメリカ】芸術・デザインの分野で世界的に活躍したロサンゼルス生まれの日系アメリカ人アーティスト。日本名は野口勇。第二次大戦中はアリゾナの強制収容所に志願拘留されたが、フランク・ロイド・ライトらの嘆願により釈放され以降はニューヨークを拠点に活躍。「あかり (Akari)」等日本のルーツを活かした作品でも知られる。女優の山口淑子(李香蘭)との結婚でも話題を呼んだ。心不全で84歳没。
1997年
【死去】星新一【小説家】

"ショートショート"の大家として幅広い年齢層に絶大な支持を受けていた日本を代表するSF作家。初代日本SF作家クラブ会長としても活動。後年は「星新一ショートショート・コンテスト」を設立し後進の育成にも努めた。1994年に口腔ガンの手術を受け、1996年4月4日には自宅で倒れ肺炎を起こし、以降は人工呼吸器を付けたが、入院中の4月22日に人工呼吸器が外れており意識不明になった。そのまま翌年に間質性肺炎で死去、没年71歳。

2006年
【処刑】サダム・フセイン(Saddam Hussein)【政治家・軍人/イラク】

1979年にイラク大統領に就任して以降、2006年に処刑されるまで27年にわたりイラクを独裁状態で率いた政治家。1979年のイラン・イラク戦争、1991年の湾岸戦争等のアラブ激動の時代を象徴する国際的な顔となった。"大量破壊兵器の所持"といういわれなき理由でアメリカに牽引された2003年からのイラク戦争で失脚し、2003年12月13日にアメリカ軍により逮捕。翌年から開始された裁判により死刑が言い渡され、アメリカが擁立した新政権により絞首刑に処された。その死の直前には「神は偉大なり。この国家は勝利するだろう。パレスチナはアラブのものだ」という言葉を残した。没年69歳。

2013年
【奇妙な死】【急死】大瀧詠一【ミュージシャン・プロデューサー】

松本隆、細野春臣らとと共に結成したロックバンド「はっぴいえんど」で1970年にデビュー、その後の"日本語ロック"、ポップミュージックに絶大な影響を及ぼしたミュージシャンであり、シンガーソングライター。バンド解散後も、"ナイアガラサウンド"と呼ばれる独特の作風で、自身のヒット曲『君は天然色』等の他、『風立ちぬ』『冬のリヴィエラ』『熱き心に』等のヒット曲を提供しあらゆるジャンルで数々のヒット曲を世に送り出した名プロデューサーであった。1997年の『幸せな結末』以降はほぼ活動休止状態を続け、ごく稀に作品を発表していたが、2013年12月30日に自宅で食べていたリンゴを詰まらせて死亡した。死因は解離性動脈瘤。最期の言葉は妻に向かっての「ママありがとう」であった。没年65歳。