「秀才だったのに…」 2時間で30人の内臓が飛び散った「津山30人殺し事件」とは?

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 その後、隣家から侵入し村人を次々と襲った。日本刀でメッタ斬りにしながら一人ひとり、血祭りにあげていった。破壊力が強い猛獣用の弾丸は、人体に大穴を開け、内臓が飛び散ちり、腸がぶよぶよと飛び出す。

 恨みが深かった女に対しては、乳房をえぐったり、口の中に刀を突き立てたりした。

 被害者のなかには妊婦もおり、胎児もろとも容赦なく殺害している。睦雄は標的にしたのは、関係を持ったり、拒絶したりした女性とその家族が中心だった。返り血に染まり、銃を乱射し刀を振り回す姿で闇夜をかけめぐる睦雄の姿は地獄の使者のように見えたことだろう。

 犯行からわずか二時間足らずで30人の村人を殺害。彼は猟銃や日本刀などを携えた重装備でありながら、山間部の急斜面を駆け上り犯行に及んでいる。怨恨のエネルギーが彼にパワーを与えたのであろうか。

 犯行を終えた後、睦雄は村を一望できる山の頂にて遺書を残し猟銃で自決した。

■事件の真相は?

 睦雄の幼馴染に寺井ゆり子という女性がいた。ゆり子は村でも評判の美人であったため、睦雄がゆり子に一方的に熱を上げていたといわれている。しかしまた一方で、2人は恋仲であったともいわれている。だが、睦雄が結核だったため、彼女の親族がむりやり引き離し、ゆり子を隣村の男性の元に嫁がせたという説もある。

 睦雄が犯行に及んだ日は、ゆり子が嫁ぎ先からちょうど村に里帰りしていた時だった。睦雄はゆり子が帰ってきたタイミングを見計らっていたと思われる。

 睦雄はゆり子の家にも侵入し、ゆり子以外の家族を全員殺害している。ただ、ゆり子は素早く隣家に逃げ込み命拾いすることができた。

 だが、ゆり子をかくまった隣家は巻き添えをくらい、一人が射殺されている。

 いずれにせよ、睦雄がゆり子に対して異様な執着を持っていたことには間違いがない。
2人の間に何があったのか?

 睦雄のゆり子に対する一方的なストーカー行為だったのかもしれないが、事件から70年以上も経過した今となっては知るよしもない。

 都井睦雄が想いを寄せた女性、ゆり子は2010年の時点で90歳を超えて存命中だった。今も生きているかもしれない……。

 家族5人を殺害され、ただ一人生き残った彼女が背負った十字架はどれほど重かったであろうか。その苦難は想像を絶する。

 閉鎖的な村社会、因習などが事件の背景とされている「津山三十人殺し」。負のサイクルから抜け出せなくなった時、人は想像を絶する凶行に走ることがある。

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