ジブリ解散の予兆!? 『かぐや姫の物語』予告編に投射された高畑勲の本音とは?

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 今回の『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』は、同じく「芯の強い女性」の物語であり、そして女性が男性のもとから去ってしまうという物語でもある。ある意味で「生きる」ということをテーマにした映画であるが、一つは現代の実在の人物を題材に、もう一つは、日本最古の物語という架空の話を題材に、それぞれ別の確度からこの内容を描いている。

 当然、宮崎監督と高畑監督ではその「女性」に関する考え方も違う。しかし、「芯の強い日本女性の美しさ」をテーマにした作品ということでは、同じなのである。

 そして今回も、宮崎駿監督は高畑勲監督作品と同時上映を望んでいたのであるが、高畑勲監督の「絵コンテが間に合わなかった」という一言によってそれは断念せざるを得なくなったのだ。

 ここで1つのウワサが流れる。それは、「なぜ宮崎監督は自分の公開を待てなかったのか」一方では「なぜ高畑監督は7年もかけた絵コンテが数か月間に合わなかったのか」ということが問題になる。そこには「故意にずらした」というようなことしか考えられないのではないか。

 1つには、5年間も新入社員を募集していないスタジオジブリの人員的な問題がある。そしてもう1つには、高畑監督の強い意志ということもあったようだ。高畑監督は国政選挙において、日本共産党の支持を行っていることで有名であるが、その高畑監督にとって同時公開の映画の内容が「ゼロ戦」というのはとても許せるものではなかったようである。

 そのために、『風立ちぬ』の冒頭にある『かぐや姫の物語』の予告編では、かぐや姫と思われる女性が泣いているか、または怒っているかの表情で月に向かって走りぬけてゆく映像が流れる。

 その内容の鬼気迫る部分は、どうもジブリという「現実社会」から高畑監督の理想の社会「月」への断ち切れない思いと理想との間に苦しむ姿が投射されているというのである。

 そのようなメッセージが入っているからか、またはそのようなウワサの影響なのか、この予告編に対して、インターネット上では「怖い」という内容の感想が多く出ている。

 実際に、ジブリファンにとってはウワサであってほしいと願う宮崎駿氏と高畑勲氏の不仲説。この不仲説が、ジブリ解散などさまざまな憶測になって広がってゆくが、そのことに関してスタジオジブリは一切公式なコメントは出していない。

 映画は、その人の考えを大きく映し出す。その中には、出したくない、他人に見せたくない本音も出てしまうものである。特に、アニメーションの場合は演じる人に人格があるものではないので、どうしても監督の考えや思い入れが強くなる部分がある。そのような内容を読み取って見ながら、現実社会の動きを見て行くのも面白いのかもしれない。
(宇田川敬介)

記事は、ハピズムより

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