卑弥呼の墓を調査開始 降霊術・近親相姦・生き埋め100人……その実態

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 卑弥呼は大きな宮殿に住み、1000人の侍女に身の回りの世話をさせていました。また、彼女には夫はおらず、生涯独身。卑弥呼の元に出入りできた男性は、彼女の弟だけだったとされています。古代日本では、同母の結婚はタブーでしたが、異母兄妹・異母姉弟の婚姻は許されていたこともあり、血の繋がった者同士で盛んに結婚が行われていたのも事実。卑弥呼と弟が実は男女の関係であったことは否定できません。『魏志倭人伝』には、卑弥呼の補佐をしていた弟と、彼女の身の回りの世話をしていた男が別にいたとされていますが、実は弟と世話をしていた男は同一人物とみなす説もあるのです。

 不思議な霊力を持ち、絶大なる権力を誇った卑弥呼。現代でいう美魔女のような彼女は、禁断の近親相姦によってその霊力と美しさを保ち続けていたのかもしれません……。

 239年、卑弥呼は当時最も勢いのあった中国の魏へ使いを送ります。魏の皇帝は、使いのお礼として卑弥呼に日本の王の意味がある「親魏倭王」の称号を与えます。そして、卑弥呼は魏の後ろ盾を利用して、さらなる力を誇ったのでした……。

 それまで混乱していた日本の国を治め、優れた政治手腕と外交能力を持った卑弥呼は、日本最古のキャリアウーマンといっても過言ではないでしょう。

■卑弥呼の死、そして深まる謎

 当時、絶大な権力を持って君臨していた女王 卑弥呼。“卑弥呼、以て死す”という記述を最後に『魏志倭人伝』から卑弥呼の姿は消えました……。

 老衰による自然死、霊力が衰えたため暗殺された、あるいは病死など、卑弥呼の死もまた深いベールに包まれています。

 卑弥呼の死後、「直径百余歩もある大きな塚を作り、奴婢(ぬひ)100 余人が殉葬された」という記述があります。当時の殉葬は、生き埋めにするならわしだったとされ、殉葬された者たちの悲痛なうめき声や泣き叫ぶ声はひどいもので、やがて死体は腐り強烈な腐臭を放ち、その腐肉を犬や鳥が喰らいに漁りに来る……。まさに地獄絵図のような惨状だったともいわれています。

 卑弥呼の死後、男の王が立ったのですが、激しい戦いが続いて国は大混乱。そこで、卑弥呼の親族の壱与(いよ)を女王にして跡を継がせたところ、国は安定したといわれます。その後、邪馬台国の記述はぷっつりと途絶え、歴史の闇に埋もれていったのでした……。

 箸墓古墳は、全長278メートル。『魏志倭人伝』から卑弥呼の死が3世紀中頃とされ、古墳が作られたのが3世紀半ば、後半とする説があり、卑弥呼の死亡時期と一致。最も古い時期の大型前方後円墳であることから、巨大な権力を持った卑弥呼の墓にふさわしいとされたのでした。しかし、もっと新しい時代に作られた古墳と主張する研究者もおり、今後の調査結果が期待されます。

 まもなく、日本史最大のミステリーが明らかになる日が来るかもしれません。

(白神じゅりこ)

記事は、ハピズムより

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コメント

2:匿名 2015年7月28日 18:34 | 返信

卑弥呼の後は女性の王です。
いよ、とよと呼ばれてます。
ちゃんと勉強してこいよ。

1:匿名 2015年2月1日 13:29 | 返信

嘘八百やねん。
どこまで中国さまの言いなり説信じてるの?
そんなに強大な力を持ってて、1000人から召し使えられてて、
そんな尊い人が、なんで卑しい名前をもらって満足してたのか教えてほしいわ。

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