人間の腰骨で作った椅子に座る男! 独裁者ヒトラーの右腕、ヒムラー

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『ハインリッヒ・ヒムラー』(文芸社)

 恐怖の独裁者として名高いアドルフ・ヒトラー。そのヒトラーが特に信頼を置いた側近に、ハインリヒ・ヒムラーという男がいる。

 ナチス親衛隊“SS”の隊長であったヒムラーは、ユダヤ人をはじめとする1,000万人以上の人々の命を虐殺により奪った責任者とされている。その狂気のもととなったものに、オカルト思想があったことはご存じだろうか。ヒトラーもオカルトに傾倒していたことで知られるが、側近のヒムラーもまた、ヒトラー以上に熱心なオカルトマニアであり、ナチスのオカルト色を一層強めた張本人だといわれている。

 ヒムラーとは、どのような人物だったのだろうか?

■ハインリヒ・ヒムラーとは?

 ハインリヒ・ヒムラー(1900年10月7日~1945年5月23日)は、ドイツの中流家庭に生まれた。両親は敬虔なカトリック信者であったため、道徳と秩序を重んじる環境で育ち、虫一匹殺せないようなおとなしい性格の少年だったという。内にこもりやすく、虚弱体質だった彼は、自然と、ファンタジーやオカルトなどの空想の世界に浸るようになり、同時に、軍人のような強い存在に異常なまでの憧れを抱いていたという。

 1914年に勃発した第一次世界大戦。彼は、愛国心から志願兵を希望する。ただ、彼はまだ若すぎたため、前線で闘うことはかなわなかった。これが、彼の戦争に対するロマンティックな妄想を抱かせる結果になったとされている。その後、父親の勧めで農業を学ぶものの、軍隊への夢は捨てきれなかった。

 やがて、彼は運命の出会いを果たす。20世紀最恐の独裁者として名高い、アドルフ・ヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)だった。

 ヒムラーはナチスに入党。雄弁で圧倒的なカリスマ性を誇るヒトラーに魅入られた。彼は、無心になって党のために働いた。勤勉に働くヒムラーの姿はヒトラーの目に留まり、ナチス親衛隊“SS”の隊長に抜擢された。この時、周囲のヒムラーに対する印象は、オーラやカリスマ性もなく、ただの温厚な小市民というものだったという。しかし、そのようなパッとしない風貌とは裏腹に、計算高かったヒムラーは、自らの保身や出世のためならば、元上司や仲間を冷酷に抹殺していったのだった。

 “SS”の隊長になったヒムラーは、当時280人ほどの組織だった部隊を、短期間で全国へと勢力を拡大させることに成功。何万人規模の大組織へと成長させた。そして、本来はヒトラーの身辺警護が目的であった“SS”の役割を、ナチスに対する不穏分子や反乱因子などの粛清、ユダヤ人虐殺の管理実行にまで拡大した。

 また、エリート志向だったヒムラーは、ナチス親衛隊“SS”を超エリート部隊に仕立て上げるため、入隊条件を厳しく管理。当時のナチスが、自分たちアーリア人(ドイツ人)を頂点に位置づけていたことから、純血アーリア人であることはもちろんのこと、明晰な頭脳と強靭な肉体を持ち、「180cm以上の高身長」「金髪」「瞳はブルー」「容姿端麗」でなければならなかったという。ヒムラーがこれほどまでに外見を重視したのは、自身の貧弱な体格と極度の近視、小柄で貧相な風貌のコンプレックスの裏返しであったともいわれている。

 こうしてヒムラーは着々と実績を重ね、やがて、秘密国家警察(ゲシュタポ)長官、ドイツ警察長官に就任。ヒトラーの秘書となった。そして、ヒトラーから絶大な信頼を得るようになる。

 一気に権力の階段を駆け上がったヒムラーは、自ら世界を支配する妄想を抱くようになり、オカルト的な思想を強めていった。

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