【名画に隠された裏話】

実物の死体をモデルにして描かれたキリスト像!?  ルネサンス絵画・ホルバインの恐怖の絵

 単に死体を描いたのが恐ろしいというなら、レオナルド・ダ・ヴィンチもミケランジェロも死骸を無断で掘り起こし、解剖学的な無数のスケッチを残しているではないか。

 まず、第一にホルバインにとって、一番に恐ろしい存在はペストでも死体でもなかった。一番恐るべき存在……それは彼のクライアントだったヘンリー8世、西洋史上最強の暴君として名高いイングランド王だ。

 6人もの妻を次々にとっかえひっかえし、そのたびに離縁させ、死別させ、うち2人はギロチンにかけたという希代の暴君である。不要とあらば、妻ですら容赦なく断頭台に送る王であるから、ましてや家臣……それもお抱えの絵師など虫けら同然だったろう。

 そんな中、ホルバインは王の気に入られていたのだが、気まぐれな王のこと。いつ機嫌が変わるかわからない。

 ホルバインが描いたこの威圧感タップリの肖像画をご覧いただきたい。

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『ヘンリー8世像』


 どうやら、王はいたくこの肖像がお気に召していたようである。当時で190cmを超えるという偉丈夫。英国王室史上、一番の大男……一説ではウイリアム王子が一番になったという話もあるが、圧迫感はケタ違いだ。そして爬虫類のような目に、薄い非情な眉。

 そして王の股間をご覧あれ。「コドピース」と呼ばれる、男根をかたどったプロテクターは、自らの絶倫を誇示するために画家にわざわざ描かせたものなのだ。王というよりアル・カポネよろしく、マフィアのドンに近いセンスに画家は、笑う余裕もなく震撼しながら描いたのだろう。

 ホルバインはことさらな性格描写や心理描写をきらった画家だったが、そのことがヘンリー8世を描く上では功を奏した。つまり他人から見れば、そこには冷酷非道な容貌が描かれているのに、王自身から見るとそれが自らの権威の象徴に見えたのである。

 だが、王のホルバインの重用も長くは続かない。

 まずホルバインをスイスからイギリスに呼び寄せた、トーマス・モア卿が反逆罪で死刑にされてしまう。自分を推薦した人が死刑にされてしまうのだから、一介の画家にとっては針のむしろだったに違いない。

 その後、4番目の妻を呼び寄せるのに、ホルバインに描かせたデンマーク王女アン・クレーヴが、絵のイメージと違うのに王は激怒(肖像画は当時のお見合い写真だった)。死罪は免れたものの、お払い箱となったホルバインは、失意のうちにその後ペストに罹患して、46年の生涯を閉じている。北方ルネサンスの雄にふさわしくない、あえない最期だった。

 さて、「死せるキリスト」の本当の恐ろしさだが……。

 自らのクライアントだったヘンリー8世より、キリストのモデルの死体に表情があることである。死体となってはじめて美術史にキリストとして姿を残した名もなき男に、いったいどんな生涯があったのか。これは、ともかく生きてる人間が一番怖いということだろうか。


■ホルバインのほかの作品

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『大使』


 何より目を惹くのが画面前方に見える浮遊した物体。何かを引き延ばしたような物体は、ドクロを象ったアナモルフォーシス(ゆがんだ画像)。はっきりしたことは何もわからないが、ラテン語の「メメント・モリ(死を想え)」。どんな人間にも平等の訪れる「死」について描いたとも言われている。


■小暮満寿雄的「死せるキリスト」

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『インドのアチャールくん』(ベストセラーズ)より


 ホルバインと並べるのも何だが、下のコマは「死せるキリスト」のオマージュである。実際に筆者がコルカタにあるマザーハウスで、死ぬ寸前の患者を前にした体験をもとに描いたもので、それはまさしくホルバインの「死せるキリスト」を思わせるものであった。


■小暮満寿雄(こぐれ・ますお)
1986年多摩美術大学院修了。教員生活を経たのち、1988年よりインド、トルコ、ヨーロッパ方面を周遊。現在は著作や絵画の制作を中心に活動を行い、年に1回ほどのペースで個展を開催している。著書に『堪能ルーヴル―半日で観るヨーロッパ絵画のエッセンス』(まどか出版)、『みなしご王子 インドのアチャールくん』(情報センター出版局)がある。
・HP「小暮満寿雄ArtGallery
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