理性的【最凶・最悪】連続殺人鬼・エドモンド! ごく普通の人間が“死姦、遺体マカロニ料理”に行き着くまで

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mom-edomondo.jpgエドモンドの母親

16歳:祖母と生活。妄想を現実に変える

「お前の母親は酷い女だ」と母親以上に口汚く罵る祖母の存在は、エドモンドのバイオレンス妄想をますます膨らませた。そして、1964年8月27日。「おばあちゃんを殺すのはどんな感じなのかな」という気持ちが抑えきれなくなり、エドモンドは22口径の拳銃で祖母の頭を撃ち、ナイフで身体を滅多刺しにして殺してしまった。しばらくして帰宅した祖父も、「おばあちゃんを殺したことがバレたら怒られるし、妻を亡くしただなんて可哀想だし」と迷わず射殺。母親に電話で「殺しちゃった」と報告したところ、「早く警察呼びなさい!!!」と怒り狂われため通報した。駆けつけた警察に拘束されたエドモンドは精神鑑定の結果、妄想型精神分裂病だと診断され、犯罪者用の警備の厳しいアタスカデロ州立病院送りとなった。

16~20歳:妄想で満足した精神病院生活

 病院は約1,600人の患者が収容されており、うち数十人が殺人を犯した重犯罪者で、800人が性犯罪者だった。IQテストで136という高い数値を出し、人当たりがよく穏やかだったエドモンドは、精神科医やスタッフの信頼を得るようになり、「スタッフ不足だから」と、性犯罪者への治療のアシスタントを任せられるようになった。童貞で、まだ子どもだった彼は、性犯罪者の犯行の手口、事件内容にアクセスできるようになり、大興奮。毎日のように性犯罪を犯している自分を妄想し、自慰するようになった。背が高くガタイのよかった彼は誰からもいじめられることなく、ポルノ以上に興奮できる犯罪事件の内容にアクセスでき、快適な病院生活を送った。

 頭がよかった彼は、医師たちが何を求めているのかを理解し、治療が効いているふりをした。エドモンドが20歳になったとき、当局は彼のことを「完治した」と見なし、「母親の監視下で暮らすこと」を条件に仮釈放すると決定した。医師も、彼自身も「母親と暮らすことには反対」という姿勢をとったが受け入れられず、それどころか、これ以上の治療を受ける必要もなしと言い渡され、彼は病院の外に出された。

20歳~:母親の元へ戻り、また去る

 釈放されたエドモンドに対し、母親は前にも増して辛くあたるようになった。バイト暮らしだが社交的になろうとする彼に対して、「どの女も、誰もお前なんて相手にしないよ」「本当に父親そっくりだね。気持ち悪い」と口汚く貶した。母親の監視が条件の仮釈放期間を終えると、エドモンドは逃げるように母の家を出て、シェア・アパートを借り、カリフォルニア州運輸省で働くようになった。しかし、母親への憎しみは増す一方で、その苦しみを紛らすために、子どもの頃から妄想していた「女性を殺し、死姦する」というファンタジーを実現させる決心をした。ドライブをしながら「どのように殺し、どのように死体をいたぶるか」を具体的に計画したエドモンドは、ヒッチハイクをしている若い女性が格好のターゲットだと狙いを定めた。実際にヒッチハイカーを車に乗せたりもした。仕事仲間にうまいことを言って銃を借りることもでき、これで完璧だと思えるようになった1972年5月7日、エドモンドはとうとう実行に移した。

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