【ロドニー・アルカラ】IQ160の“最凶にふてぶてしい”連続殺人鬼!100人以上殺害しながらバラエティ番組出演、新聞社就職!?

■指名手配者リストに載るも、逃亡生活を続けるロドニー

 難なく逃亡することに成功したロドニーは、ニューヨークに飛び、ジョン・バーガーという偽名を使って、ニューヨーク大学のフィルム・スクールに入学。新生活を送り始めた。FBIから最重要指名手配されていたにも関わらず、堂々と社交し、アマチュア写真家として活動する“プレイボーイ的なライフスタイル”を満喫するようになっつたのだ。

 大学では、チャールズ・マンソン率いるカルト団に妻を殺害され、後に自身も13歳の少女を強姦した犯罪者となった監督、ロマン・ポランスキーの授業も受けていた。1971年の夏にはニューハンプシャー州で開催された女子学生のみの演劇サマーキャンプにスタッフとして参加。しかし、このキャンプに参加した女学生2人が、郵便局に貼ってあった「FBI最重要指名手配者リスト」に、ロドニーが載っていると驚き、警察に通報。3年間警察の追っ手を逃れていたロドニーは逮捕された。なお、1971年にマンハッタンのマンションでTWA航空のスチュワーデスが強姦、殺害されるという事件が起こっており、この逮捕後、ロドニーの犯行である可能性が高いと見られたが、当時は証拠不十分のため起訴はできなかった。

 1971年8月、ロドニーはタリ殺人未遂罪と強姦致傷罪、誘拐罪、幼児性的虐待で起訴された。しかし、被害者であり唯一の証人であるタリは、退院後、アメリカ嫌いになった両親と一緒にメキシコへ移住してしまい消息が分からない。ロドニーも、「アルカラがしたことは話したくないんだ」と黙秘を続ける。検察は仕方なく司法取引を行うことを提案。「幼児性的虐待で罪を認めるかわりに殺人未遂罪、強姦致傷罪、誘拐罪、幼児性的虐待を不起訴にすること」にした。ロドニーは禁錮1年から終身という不定期刑に処されたが、頭がよく、さわやかな笑顔で看守や精神科医たちに取り入り、たった3年で、何食わぬ顔でシャバに出てきた。

 だが、ロドニーはわずか8週間で刑務所に戻されることになる。1974年、バス停にいた13歳の少女に「学校まで送ってあげる」と声をかけ、車に乗った少女を無理やりビーチに連れて行き、マリファナを吸わせ、キスをしたため、「保釈期間中の違反行為」だとして逮捕されたのだ。少女はロドニーに誘拐されたと主張したが、起訴を取り下げたため、ロドニーは「再犯の可能性が非常に高い」にもかかわらず、刑務所で2年過ごしただけで仮釈放されてしまった。1977年夏、ロドニーは仮釈放庁の担当者に「親戚に会いにニューヨークに行きたい」と申請。この時ニューヨークで、クラブのオーナーと呼ばれたハーマン・ホバーの娘・エレンを殺害したのではないかと見られたが、証拠不十分のため起訴は逃れている。


■犯罪者らしからぬ生活を手に入れるロドニー

 ロサンゼルスに戻ったロドニーは、大手新聞紙「ロサンゼルス・タイムズ」に植字工として就職。新生活と、強姦暴行殺人三昧をスタートさせた。

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