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――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を隔週で紹介する…!

【今回の事件 伊勢崎市同居女性餓死事件】

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■事件

 監禁されていた女性が、餓死。ショッキングな事件に、発覚当初はワイドショーの取材陣も現場に繰り出した。だが、事件の様相が明らかになってくると、マスメディアに存在するタブーによって、報道は遠ざかっていった。タブーとは、主犯と被害者がともに、知的に劣るとされる生徒が入る「特殊学級」の同級生だったことだ。今は「特別支援学級」などの呼び名になり、「特殊学級」の名は使われなくなった。それは現前たる差別があったことを物語っている。以下は、公判などで明らかになっている事実である。

 2001年11月12日。群馬県の伊勢崎市上諏訪町の民家に、伊勢崎消防署員が119番通報で駆けつけると、布団の上に女性があおむけに寝かされていた。電話をかけた金井幸夫(当時37歳)は、それは自分の妻だと言った。女性に脈はなく、すでに冷たくなっている。

 警察の捜査で、女性の身元が判明する。金井幸夫の妻ではなく、邑楽郡で夫とともに暮らしていた、長谷川三根子さん(当時36歳)だった。1998年2月から行方不明になり、彼女の両親と夫は、写真入りのチラシを撒くなどして探していた。

 遺体と対面した夫は、言葉を失う。体から水分が失われたように痩せこけて、ミイラのようだった。身長158センチだが、遺体の重さは25.5しかなかった。


■幸夫と三根子

 幸夫と三根子は、太田市内の中学校で同級生だった。7人しかいない、特殊学級である。三根子は難しい計算や漢字は苦手だったが、読み書きはできた。幸夫も、普通学級でもいけたかもしれない、と当時の担任は語っている。

 三根子は卒業後、就職した工場でまじめに働いた。そして、1989年に結婚、女児を授かり、家事や育児に励み、幸せな家庭をつくりあげていた。

 幸夫は定職に就かなかったが、1985年、20歳で18歳の女性と結婚し、女児をもうけたが離婚。1990年にも、やはり18歳の女性と結婚し男児をもうけるが、離婚に至る。どちらも幸夫の暴力に耐えかねて、逃げ出したのだ。この妻たち以外にも、幸夫は街で家出同然の娘を誘い出し、家に置いておくことがあった。そんな女性が、5、6人はいたという。

 最後に犠牲になったのが、三根子だった。幸夫は三根子に執拗に電話をかけて誘い出したのだ。

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