【大陰謀論】ウクライナ情勢の真実(1) 石油メジャーvsプーチンの戦いだった

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■石油資源をめぐる、ロシアの動き

 まずはロシアに石油メジャー資本の新興財閥が出来上がる。これを「オリガルヒ」という。エリツィン大統領の時代には調子のよかった「オリガルヒ」であるが、「オリガルヒ」が政治と癒着し、なおかつ、徐々に石油資源だけでなく、食糧などに手を出すようになる。

そこで、天然ガスの生産・供給において世界最大の企業である「ガスプロム」を率いるプーチン大統領は、就任後すぐに、テレビを始めとするマス・メディアなどを使って、この新興財閥を抑制にかかるのである。


■プーチンの圧力

2000年6月13日、ロシア検察当局は、新興財閥の総帥であったウラジーミル・グシンスキーを、「テレビで放送した内容が国民をだますものであった」として、詐欺などの容疑で逮捕した。グシンスキーはロシア系ユダヤ人で、世界ユダヤ人会議の副議長も務めたほどの人物であった。ロシア国内ではモスト財閥として、地下資源から新聞・テレビなどを保有していた人物である。そしてその後、モスト財閥の会社をすべてガスプロムが買収するということになるのである。

次に、2003年プーチン政権は、石油会社ユコスのミハイル・ホドルコフスキー社長を逮捕する。この容疑は脱税であり、禁錮9年の実刑判決となる。当然に石油会社は解体買収される。なおホドルコフスキーもロシア系ユダヤ人である。


■「ガスプロム」が権力を行使するロシア、その時…

この2つの地下資源財閥がなくなったことによって、「石油メジャー」は、ロシアから、ほかの諸国に一度標的をずらす。ロシアの資源の「購入先」を買収することにするのである。それが「東欧カラー革命」といわれるものである。あまり日本では聞きなれない言葉かもしれない。しかしその一つ一つは有名である。

これは東欧が次々と民主革命を行い、または民族的独立で内戦が起きたり国家分裂が起きたりするようになる。国家分裂は、旧ユーゴスラビアや旧チェコスロバキアなどがそれにあたる。一方「東欧カラー革命」は、国家はそのままでありながら、西欧化し民主化するようになった。例えば2003年11月のグルジア・バラ革命、2004年11月のウクライナ・オレンジ革命、2005年にはキルギスのチューリップ革命が発生する。いずれもこのように革命の象徴の色が出されたので「カラー革命」といわれる。

その後、そのカラー革命は2010年チュニジアのジャスミン革命へとつながる流れとなり、東欧からアラブ世界に流れることになる。

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