【日本怪事件】両親を殺してまでSMプレイに溺れた美人女子大生 1999年・札幌両親殺人事件の顛末とは?

――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を隔週で紹介する…!

【今回の事件 札幌両親殺人事件】

【日本怪事件】両親を殺してまでSMプレイに溺れた美人女子大生 1999年・札幌両親殺人事件の顛末とは?の画像1※イメージ画像:Thinkstockより

 タレントの渡辺満里奈に似ていると、当時の報道で伝えられたのが、両親を刺殺して埋めた、池田真弓だ。事件当時、H大学文学部英文科に通う、19歳。身長166cmでスタイルもいい。礼儀正しく、学校や近所での評判もよかった。

 安川奈智(当時24歳)と、真弓が出会ったのは、1991年の札幌。真弓が応募した、イベントコンパニオンのオーディションの面接官として安川がいた。

 プロダクションの社長だという安川、副社長はフランス人で、JALや西武グループと取引があるなどと真弓に言った。だが実際には、従業員もいない。社長というのは事実だが、開店休業状態だったという。

 真弓は、安川に惹かれ、自宅も兼ねた安川の事務所に出入りするようになる。そこで真弓は睡眠薬を飲まされ、強姦されてしまう。だが、このような悲劇があったにも関わらず、真弓は安川との交際を始めるのだった。

■安川という男

 安川は、小学2年生の時に両親が離婚。旭川で母親に育てられた。家計を支えるために新聞配達をし、学業は優秀。真弓と同じ、H学園大学文学部に進んでいる。ススキノのホストクラブで働きながら、北海道教職員高等学校免許、中学校英語一種免許を取得した。そうした努力家の反面、高級ブランドのスーツを身にまとい、ロレックスを腕に巻くなど、虚飾家の面もあったという。

 安川は卒業後、教職には就かず、「20代で財を築いて、みんなを驚かせてやる」とうそぶき、起業家を気取った。だがその実、年上の女性に取り入り、宝飾品など、金目のものをせしめることしかしていなかった。この頃4人の人妻が、夫を殺して保険金を詐取する計画を、安川から持ちかけられていたという。

 後に法廷で、「安川と知り合わなければ、このようなことにならなかった」と真弓は語った。結果から見ればまったくその通りだが、2人は惹かれ合っていった。

 真弓は、リゾートホテルで泊まり込みのバイトをすると両親を偽り、安川との同棲を開始。交際当時、安川に収入はなく、真弓がホステスのバイトをし、生活費を稼いだ。もちろん、彼女の貯金も生活費に充てられる。

 2人でいるときは、どこに出かけるでもなく、1日に5、6回も、安川は真弓の体を求めた。安川は、尋常でない性癖の持ち主だった。真弓を縛り、ガムテープで口を塞ぎ、性器に、ナスビやキュウリ、カラオケのマイクさえも入れる。一晩中、SMの道具で吊して弄んだり、自分の尿を真弓に飲ませることもあった。

 アザができるほど殴られることもしばしばあり、“なぜ離れなかったのか?”と疑問に思うが、真弓は当時の心境を法廷で語っている。

「私は両親がいくら心配していようと、奈智さんと生活できればよかった。別れることなんてできないし、あの人を手伝わなければならない。そう思うようになっていた」

■睡眠薬と自殺を用意し、決行された両親殺害

 両親は同棲に気づき、母親の泰子さん(当時45歳)が、真弓の携帯電話に連絡を取ろうとし、父親の勝昭さん(同45歳)は、2人が住んでいたマンションを訪ねた。

 このことに逆恨みした安川は、「お前の親は常識がない」「もう許せん。消してやる」と口走るようになる。この後、安川は、「人を殺さなければ、金持ちになれない」と考え始め、真弓両親の殺害計画に繋がっていく。

 決行されたのは、1991年11月22日。2人は車で、真弓の実家付近まで行き、まず彼女だけで実家を尋ねた。久しぶりの娘の帰宅を喜んで迎え入れる両親。そこで、真弓は「痩せるお茶だ」と偽り、睡眠薬入りの茶を勧めたが、両親はほとんど口にしなかった。気が動転していた真弓は、自分でお茶を飲んでしまう。

 午後11時頃に、両親は2階の寝室に向かい、安川が玄関からそっと入ってくる。お茶を飲んでしまった真弓は、自分の寝室で寝入ろうとしていたが、安川に無理矢理起こされ、ともに両親の寝室に向かった。

 2人は、抵抗する両親を抑え、包丁で刺殺。そして、遺体を車に乗せガソリンをかけて燃やし、東区中沼町のモエレ沼の湿地帯に埋めた。自殺に見せかけようと、遺書まで作った上での犯行だった。

 その後、家にあった生命保険の証書や通帳、家具などによって、2人は680万円を手にしている。

 逮捕された当初、安川が主犯、真弓は従犯と見られていた。だが、真弓が「私も包丁で刺した」と自供。裁判でも、真弓が睡眠薬入りのお茶を持って行ったことから、積極的に犯行に関わっていたとみなされた。

 1994年3月29日、札幌地裁で、真弓に無期懲役の判決が下った。控訴したが、2年後、両親に償いをしたい、として真弓が取り下げため、刑が確定する。安川は最高裁まで争ったが、1999年、無期懲役が確定した。

■深笛義也(ふかぶえ・よしなり)
1959年東京生まれ。横浜市内で育つ。18歳から29歳まで革命運動に明け暮れ、30代でライターになる。書籍には『エロか? 革命か? それが問題だ!』『女性死刑囚』『労働貴族』(すべて鹿砦社)がある。ほか、著書はコチラ

関連キーワード

プレスリリース入稿はこちら サイゾーパブリシティ

18歳未満閲覧禁止

ここから先のコンテンツには、過激でグロテスクな表現と画像が含まれます。そういったものが苦手な方は、強い精神的不快感を覚える可能性があるため閲覧はお控えください。また、18歳未満の方の閲覧を禁止いたします。閲覧される方は必ず各自の責任を持ってご覧下さい。

閲覧しますか?