【日本怪事件】3人を殺害し、“神の子”になった死刑囚!? 近親相姦・レイプ・メッタ刺し…前原伸二の罪と罰

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■近親相姦一家に生まれた前原伸二 壮絶な生い立ち

 前原伸二(以下、伸二)の生い立ちは、凄絶だ。父親は酒に酔うと、幼い伸二の目の前で、母親を陵辱した。伸二が小学4年生の時に母親は男を作って出て行ってしまう。それから、伸二は非行に走る。

「自分は長男だ」と思っていた伸二だが、中学生になって、兄と姉がいることを父親から知らされる。それぞれ、少年院と刑務所に入っていたのだ。兄は母親をレイプしたことがあり、父親は姉と性関係を持っていた。それを明かしたのも、父だった。

 伸二が18歳の時、とび職の父が足場から転落して死亡する。労災補償金1,500万円を伸二は受け取る。すると、「家族だから」と言って、母と男がやってきて同居する。だが、8カ月で伸二は家出した。

 少年刑務所を出所する直前に、伸二は母親からの電話を受ける。「決して家には帰ってくるな」と、母の言葉が、耳に冷たく渦巻いた。


■3人を殺害した後、“神の子”になった前原伸二

 3人の殺害で、神戸拘置所に収監された伸二の元に、見知らぬ女性から手紙が届くようになったのが、事件の翌年のことだった。やがて2人は面会を果たす。女性は当時48歳、キリスト教牧師の向井武子だった。伸二が会ったのは好奇心からだったが、面会を重ねていくうちに、心を開いていく。

 そして養子縁組をして、2人は母と子になった

神の導きによってひとりの罪人が悔い改めるならば、他の99人の善人を導くよりもずっと価値のあることだからです」それが、向井武子が母になった理由だった。

 それでも伸二の心は揺れた。「母さんと一緒に生きていきます」と言ったかと思うと、「利用価値がないから離れます」と口走ることもある。だが、辛抱強く文通や面会が続けられるうちに、伸二のほうから聖書の内容を尋ねるようになった。

 1993年7月、伸二は洗礼を受けた。「伸二おめでとう。これであなたは神の子になったのよ」母である向井武子は祝福した。

 1996年12月17日、最高裁で前原伸二の死刑判決が確定した。2003年9月12日、死刑が執行された。享年42であった。向井武子は、母として遺骨を受け取った。

■深笛義也(ふかぶえ・よしなり)
1959年東京生まれ。横浜市内で育つ。18歳から29歳まで革命運動に明け暮れ、30代でライターになる。書籍には『エロか? 革命か? それが問題だ!』『女性死刑囚』『労働貴族』(すべて鹿砦社)がある。ほか、著書はコチラ

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