アハマド・スラジ「死ぬ寸前の若い女の唾液をむさぼり吸うため」42人を殺害したスピリチュアル・ヒーラー!! 父から伝授された、残酷すぎる「儀式」とは?

■殺人鬼の生い立ち

 1952年12月12日、アハマドはジャワ島出身の両親のもとに誕生した。母親は主婦で、父親は農業を営む傍ら魔術や呪術を行っていた。両親は彼のことをジャワ語で「運命」という意味の「ナシブ」と呼び育てたという。アハマドは子供のころから喧嘩っ早く、盗みを働く問題児で、成人してすぐに盗難罪と暴力行為で逮捕され、禁錮10年の刑を受けた。出所した直後、再び盗難罪で刑務所に入れられたが、それから情緒不安定に陥り、スマトラのジャングルの中で父親に伝授してもらうことで魔術や呪術を身につけた。

Suradji_3.jpg若き日のアハマド「YouTube」より

 イスラム教徒のアハマドは妻を3人持つことができたため、三姉妹を妻として娶り家庭を築いた。妻たちは9人の子供を産み、悪名高かったアハマドも地域社会に溶け込み生活するようになった。30代になったアハマドは、農業をする傍ら呪術師として近隣住民たちの相談にものるようになり、「凄いパワーを持っている」という口コミを聞きつけた裕福な商人や政府関係者たちが、彼のもとを訪れるまでになった。

 安泰な生活を送っていたアハマドだが、1986年のある日、すでに亡き父親からお告げを受けたことにより何もかもが変わってしまう。そのお告げとは、彼が10歳のときに父から教えてもらった、「霊的療法を身につけるには、若い女性の死に際の唾液を飲まねばならない」というもの。夢枕に立つ父親から「死ぬ寸前の若い女性の唾を70人分飲まねばならぬ。そうすれば優れた呪術医になって大金を稼ぐことができる」と告げられた彼は、苦しむ村民と自分のために女性たちを殺さなければと決意するようになった。


■ついに殺人を繰り返すように

 アマン・ダマイで一番力のある呪術師と崇められ、スピリチュアル・ヒーラーという意味の「ダトゥク」という名で呼ばれていたアハマドのもとには、大勢の村人たちが訪れ、金銭問題や夫婦の問題、病気のことなど、ありとあらゆることを相談した。顧客には若い女性たちも多く、新妻たちは「夫が浮気しないように魔術をかけて欲しい」と頼み、娼婦たちは「もっと上客が欲しい」と彼に頼んだ。彼女たちは、このような願いを魔術に託すことを恥ずかしく感じていたため、内緒でアハマドに会いに来ており、行方不明になったとしても誰もアハマドを疑う人はいない。格好の獲物だった。

コメント

1:匿名 2015年9月17日 23:55 | 返信

文がおかしいよ!

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