【日本怪事件】恐怖の三角関係 ー 愛欲の果てに、殺害後のプロポーズ

――日本で実際に起きたショッキングな事件、オカルト事件、B級事件、未解決事件など、前代未聞の【怪事件】を隔週で紹介する…!

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【今回の事件 大宮看護婦バラバラ殺人事件】

 殺害を打ち明けられた後に、プロポーズ……。

 その奇妙な事件の発端は、高石智伸(仮名)のデジタルカメラにあった永田悦子の下着姿の画像を、高石の恋人であった金田朋子がみつけたことだった。朋子と悦子は親友であった。

■三角関係が始まるまで

 金田朋子は、埼玉県越谷で、昭和52年11月17日に生まれた。朋子は中学に進むと、吹奏楽部に入る。彼女の6歳年上の高石は、楽器の修理業者として学校に出入りしていて、2人は知り合った。朋子が進学した越ヶ谷高校でも、やはり高石が出入りしていて、さらに親しくなる。朋子が高校3年生の平成7年、恋人同士となった。朋子にとって高石は、初めての男性である

 ロマンチックな話だが、疑問符がつく。高石が楽器の修理業者だったというのは、朋子の話にしか出てこないからだ。確かなのは、事件発生の平成13年には、高石は大手自動車メーカーの工場の期間工として働いていた、ということだ。

 一方、朋子と悦子は、大宮赤十字病院看護専門学校に、平成8年4月入学。クラスメイトとなった。休日には映画やカラオケを一緒に楽しむ仲になる。朋子の家で、2人で看護婦国家試験の勉強に励むなど、よき友であった。めでたく2人とも試験に合格し、看護師となる。勤務先も同じ大宮赤十字病院となり、2人の付き合いは深まっていく。

 何でも話し合う仲。お互いの恋の話もする。高石を交えて、3人で食事するということになったのは、自然の成り行きだろう。だが、何度も3人で食事するうち、高石と悦子は惹かれあうようになり、2人で会ってセックスするに至る

 高石のデジカメにあった、悦子の下着姿を見て、朋子が2人の関係を知ったのは、平成13年1月。朋子は2人を問い詰め、2人だけで会わない約束をさせたが、約束は守られず、その後も関係は続いた。

 約束を守らせたい。そう考えた朋子は、自宅に悦子を招いた。4月6日のことである。酒を呑んで世間話をしていたが、「高石と連絡を取っているのか」「約束を守るつもりがあるのか」と問い詰め始めた。だが悦子は「高石君はうんざりしている」と答え、彼が朋子と別れたがっている、とほのめかした。

 朋子は殺害を決意した。トイレに行こうと立ち上がった悦子の後ろから、パンティストッキングを彼女の首に巻き付け、思いっきり引き絞った。体をけいれんさせながら悦子は倒れる。朋子は、悦子の首と手の動脈を指で確認し、窒息死したことを確かめた。

 朋子は悦子の遺体を、5日間かけてアパートの風呂場で、糸鋸や包丁、フードプロセッサなどを使って遺体を解体。自宅から離れた2カ所のゴミ集積所に遺棄した。

 事件が明らかになったのは3カ月経った7月19日。朋子が大宮警察署に自首したからだ。その前日、悦子殺害の事実を、朋子は高石に打ち明けている。すると高石は、朋子にプロポーズしたのだ。その時の心境を高石は、「友人を殺害してまで私のことを思ってくれる金田(朋子)といたいと思った」と、その後の法廷で証言している。朋子もその気持ちを受け入れた。自首して裁判になってからも、高石と結婚したいと願い続けた。

 この奇妙なやりとりを含めて、高石も事件に関わっているのでは? と公判では追求された。だが、彼が容疑者となることはなかった。

 平成15年2月28日、「ひたすら事件と無関係を装い、平然と勤務や男性と交際を続け、良心のかしゃくは感じられない」として、さいたま地裁は、金田朋子に対して、懲役16年の刑を言い渡した。「看護師という生命を預かるあなたが、親友の命を奪ってしまった刑事責任はこれ以上問われませんが、どうやって被害者や遺族に償うか考えなさい」と裁判長が語りかけると、金田朋子は深々と頭を下げた。

■深笛義也(ふかぶえ・よしなり)
1959年東京生まれ。横浜市内で育つ。18歳から29歳まで革命運動に明け暮れ、30代でライターになる。書籍には『エロか? 革命か? それが問題だ!』『女性死刑囚』『労働貴族』(すべて鹿砦社)がある。ほか、著書はコチラ

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