「男の子を殺し、ペニスを切り落とせ」と“神”から命令された連続殺人鬼、ジョセフ・カリンジャー!〜虐待の傷が殺人鬼を生んだ〜

 連続殺人鬼にはさまざまなパターンがあり、単独で殺人を犯す者が大半を占めるが、中にはパートナーを組み、殺しを行うケースもある。

 1970年代に父親と、その13歳になる息子が共に、次々と「強盗、強姦、殺人」を行った事件があった。

 父親の名はジョセフ・カリンジャー。死ぬまで「人を殺したい」という強い欲求にとらわれ、自分自身をも傷つけまくった男だ。彼は、13歳になる息子マイケルに手伝わせ、ありとあらゆる犯罪を犯した。そして、別なもう1人の息子を殺すという、人間とは思えないほど冷酷なこともしたのだった……。

 ジョセフ・カリンジャーは一体、どんな人間で、どのような犯罪を犯したのだろうか?


■ジョセフの生い立ち

「男の子を殺し、ペニスを切り落とせ」と神から命令された連続殺人鬼、ジョセフ・カリンジャー!〜虐待の傷が殺人鬼を生んだ〜の画像1

 1936年12月11日、ジョセフはペンシルベニア州フィラデルフィアのノーザン・リベルティーズ病院で誕生。1歳の時に父親が家出、母親は彼を養子に出した。たらいまわしにされた後の1939年10月15日、ジョセフはカリンジャー家に迎えられた。しかし、夫婦は彼を育てることには興味がなく、うさばらしのため四六時中彼を虐待した。特に、養父からの暴行はひどいものだった。「殴る蹴る」「小さなとがった石が多数ある上に正座させられる」「狭くて暗いクロゼットの中に閉じ込められる」「大便を食べるよう強要される」「9 本の縄をつけた鞭で打たれる」「自傷するよう脅される」「熱いアイロンを体に当てられる」などされ、6歳の時に暴行が原因でヘルニアを発症。それにもかかわらず、養母も彼を虐待。「チンコをちょん切るぞ!」と繰り返し脅すなど、精神的にもいたぶりまくった。

 ジョセフを痛めつけたのは養父母だけではなかった。9歳の時、彼は近所を仕切っていた男子グループにナイフを突きつけられ、性的暴行を受けた。この事件がきっかけとなり、彼は自慰行為をする時、必ずナイフの刃を握り締め、痛みに歯を食いしばりながら射精するクセがついてしまった。

 壮絶な環境のなかで育ったジョセフだが、めげることなく養父母に反抗的な態度をとったり、学校の先生たちにも反抗するなど、自分の意思を主張する少年に成長していった。劇作家になる夢も持ち、学校の演劇部に所属して9年生(中学3年生)の時には『クリスマス・キャロル』を監督するなど、部活動にのめり込んだ。

■結婚、地獄の始まり

 15歳の時、ジョセフはヒルダ・バーグマンというガールフレンドと初体験をし、頻繁にセックスするようになった。養父母は彼女のことが気に入らず、交際には大反対だったが、彼はヒルダと付き合い続け、17歳の時に結婚した。

 養父母と離れ、やっと幸せな生活を手に入れたかに見えたが、子どもが生まれると彼は豹変。養父母にされたように、子どもとヒルダに暴力を振るうようになった。子どもは2人誕生したのだが、ヒルダはDVに耐えられなくなり、浮気相手の家に逃れた。そして、1956年9月に離婚。1年後、ジョセフは脳病変の疑いで入院したが脳に異常はなく「精神病理学的神経障害」だと診断された。

 退院後の1958年4月、ジョセフは再婚。しかし、自宅に火をつけ、火災保険会社から16万円ほど受け取ったかと思えば、自殺未遂をする…など精神状態は不安定だった。そして、1959年7月に州立病院に入院。退院後も1963年5月、1965年8月、1967年10月に自宅放火を試み、精神科病院への入退院を繰り返すようになる。

 そんな中でも妻を妊娠させ、前妻との間にもうけた2人の子どもを含む6人の子どもと暮らした。生計は養父母から継いだ靴屋の仕事で立てた。仕事の腕はよく、多くの顧客がついていたが、家に戻ると子どもと妻に凄まじい暴力を振るった。養父母からされた虐待を“そっくりそのまま”……だ。

 1972年1月23日、ジョセフは家出した長女の太ももに「罰」として、熱したアイロンを押し当て大やけどをさせた。

 このことがきっかけとなり、虐待はエスカレート。耐えられなくなった子ども3人が警察に行き、父親から虐待を受けていると訴え、1週間後、ジョセフは長女への虐待罪で逮捕される。

 しかし、逮捕直後に行われた検査で、ジョセフのIQが82しかないことが判明。「妄想型統合失調症」であるとの診断も受け、現時点では裁判を受ける精神能力がないとして心理検査のために60日間入院させられた。治療を受けたジョセフは、裁判を受けられると判断され6月に裁判所に出廷。児童虐待罪で有罪となり、4年間の保護観察に処され、精神治療を受けるようにと言い渡された。

 1974年半ば頃から、ジョセフはさらに頻繁に精神錯乱を起こすようになった。空中に浮かぶ頭だけのチャーリーという男と会話をしたり、神から個人的な指示を受けていると主張するようになった。神からの指示は「男の子を殺し、ペニスを切り落とせ」というもので、従わなくては……と、焦った彼は同年6月26日、まだ13歳だった息子マイケルに神からの指示を打ち明ける。

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■息子が共犯者に

 ジョセフに性格が似ていたマイケルは、父の助けになるなら喜んで手伝うと言い、2人で殺人することを決意。11日後、2人は9歳のプエルトリコ系少年、ホセ・コラーゾを殺害。拷問した後ペニスを切断するという、身も毛もよだつ残虐殺人をサラリとやってのけた。

 次に、ジョセフは自分の血を分けた息子ジョセフ・ジュニアを標的に定め、山に連れて行き、写真を撮るフリをして崖から落ちるよう仕向けたが、失敗。7月25日に放火したトレーラーの中に閉じ込めて焼死させようとしたが、この時もしくじり失敗。その3日後、マイケルと一緒に廃墟の中でジョセフ・ジュニアを溺死させることに成功した。遺体は8月9日に発見され、精神的に不安定で虐待癖のあるジョセフが疑われたが、決め手となる証拠がなく、逮捕されることはなかった。

 秋になると、ジョセフとマイケルは獲物を探すために遠出をするようになる。11月22日、ニュージャージー州リンデンウォールドの住宅に泥棒に入る。その後、その家に住むジョアン・カーティーが帰宅したのを見計らって、再び侵入。ジョセフは彼女をベッドに縛りつけ、強姦した。

 11日後、親子はペンシルベニア州サスケハナタウンシップで、5人を人質として捕らえ、縛った上でナイフを突きつけ脅し、200万円の金と貴金属を奪った。ジョセフはこのうちの女性1人の乳房をナイフで切りつけ、大けがを負わせている。

 その後、メリーランド州ホームランドのパメラ・ジャスクの自宅に侵入し、銃を突きつけジョセフにフェラチオするように強要。翌年1月6日にもニュージャージー州デュモンのメアリー・ルドルフ宅に押し入り、銃を突きつけジョセフはフェラチオを強要している。

■壮絶な強盗

 2日後の1月8日、2人はニュージャージー州レオニアの老夫婦の住宅に侵入。訪れていた娘とまだ幼い孫の2人を銃とナイフで脅し「強盗だ。言うことを聞けば危害は加えない」と言い、2階のベッドルームに押し込んだ。そして、電化製品のコードやダクトテープで縛り付けた上、全裸にさせた。この時、娘のほうを強姦しようと股を開かせたが生理だったため、タンポンを抜き取り床に叩きつけただけで、犯すことはしなかった。家には体の不自由な老いた祖母がいたが、動けないと分かると何もせず、そのまま放置した。

 老夫婦には双子の娘もおり、その2人はまだ独身で同居していた。間もなくしてその娘の1人が帰宅し、ドアを開けた途端、ジョセフに銃を突きつけられた。そして、すでに2人を監禁しているベッドルームへと誘導した。

 彼女も全裸にさせられた上で拘束された。ジョセフは彼女を強姦しようと股をまさぐったが、彼女も生理だったため、激怒。次の瞬間、玄関のベルが鳴った。もう1人の娘が帰ってきたのだ。娘のボーイフレンドも一緒だったが、銃を持ったジョセフに従うしかなく、リビングで拘束され、床の上につっぷすよう命じられた。ダクトテープやコードで縛るのはマイケルで、脅したり強姦を試みるのは常にジョセフ……と、上下関係に基づいた役割が決まっていた。

 全員を拘束したジョセフとマイケルは、金目のものを物色した。と、そこに近所に住む21歳の看護師マリア・ファッシングが家を訪ねてきた。ジョセフはマリアのことも銃で脅し、地下室へ行くよう促し、唯一の成人男性である娘のボーイフレンドも目隠しをした上で地下へと連れて行った。地下でジョセフはマリアを強姦し、水に顔をつけるなどの拷問もした。そして、男性のズボンと下着を膝まで下ろして、マリアにペニスを噛みちぎれと指示した。マリアは指示に従わず泣きながら抵抗。ジョセフは激怒し、彼女の首を横に深く切り裂き、殺した。

 マリアが殺害される直前、1人が縛られた状態のまま家から出ることに成功。近隣住民に助けを求めた。ジョセフとマイケルはすぐに家を出て、公共のバスを使い逃亡。凶器や返り血を浴びたシャツは近くに捨てたが、このシャツについていた洗濯屋のタグからジョセフのものであると判明。1月17日、ジョセフとマイケルは強盗罪、強姦罪、殺人罪で逮捕された。

 1975年6月に開始され裁判で、ジョセフは「神に命じられて殺した」「チャーリーに殺せと唆された」と主張したり、支離滅裂なことを言ったり、うめいたりし、裁判を受ける能力があるのかどうかに焦点が当てられた。

 逮捕直後、精神科医から被害妄想と統合失調症だと診断されていたが、陪審員は彼には善悪の判断がつくという結論に達し、有罪の判決を下した。ペンシルベニア州の裁判官は「非常に極悪な人間だ。卑劣で下劣な男だ」と言い、一連の強盗事件に対して禁錮40年を言い渡した。ニュージャージー州の裁判官はマリア・ファッシングを殺害した罪で終身刑に処すという判決を下し、ジョセフはペンシルベニア州の刑務所に服役することになった。

 刑務所に収監されたジョセフは、トラブルメイカーだった。1977年3月、自分に火をつけようとしたり、同年4月に同房の囚人に暴行を加えたり、1978年3月には別の囚人の首を深く切りつけるなどの問題を起こした。自分の頭で目玉焼きを作ろうと、ライターの液体をふりかけるなどの奇行も目立ち、「オレは神と話せる。オレが死んだら、オレが神になると言っている」などと叫ぶため、ニュージャージー州の精神病棟を経て、1979年5月にフィラデルフィアの精神病棟に入られた。

 精神病棟でのジョセフは、ガラスを割って食べるなどの自傷行為が酷く、「自殺する可能性が高い」として、厳重な監視下に置かれた。

 ジョセフはこの病棟で、テレビのインタビューを受けているが、よどんだ瞳で「私は我慢強く、よい聞き手でもあり、人々を助ける人間」だと言いのけ、「殺した息子は生贄だったんだ。私は地球上に住む300万人を殺さなければならず、自分の血を分けた子どもも殺せるか試すために殺した。最後に自分の家族も殺し、自分自身も殺して神になる予定だった」と断言。

 また、今も声を聞くと言い、「暴力的な気持ちになることはあるか?」という質問には、「イエス。人を殺したくなる。この病院でもかみそりで人の首をかき切ったことがある」と答えた。インタビュアーから「私も殺したくなる?」と聞かれると、ジョセフは舌なめずりしながら「あぁ、殺したくなるね」と言い、「絶対に出所してもらいたくないね」と言われると、「自分でもそう思うよ」と無感情な声で言った。

 1996年3月26日、ジョセフは心臓発作を起こし吐瀉物を喉に詰まらせ、窒息死した。享年59歳だった。

 ジョセフの実の息子で、6カ月にわたる強盗・殺人を一緒に行ったマイケルだが、逮捕から2カ月後、犯罪を犯したことは紛れもない事実だが、暴力的な父親の支配下にあり、逃れられなかった。まだ若く更生する余地は十分にあるとみなされ、強盗罪を認めたかわりに、殺人罪での起訴は取り下げられた。

 そして、21歳まで少年院に入り、25歳になる1982年12月まで保護観察下に置くという判決を受けた。マイケルは21歳で少年院を出所し、現在は名前を変えペンシルベニアやニュージャージーとは異なる州で、普通に暮らしているものとみられている。

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