【近親相姦】妄想か、現実か? 父娘10年間の秘密の関係 「朝になるとパンツが足首まで下ろされて…」

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 幼児・児童性的虐待被害者のケアに尽くしてきたハーバーUCLAメディカル・センターのドクター・ローランド・サミットによると、未成年で性的虐待を受けた者は「性的虐待順応症候群」に陥る傾向にあるという。

「性的虐待順応症候群」の特徴は、(1)被害者は性的虐待されていることを「秘密」にしようとする(2)信頼している大人に裏切られ「無力感」に襲われる(3)生き延びるため、加害者の期待に応えようとする「とららわれと順応」(4)ある程度時間がたってから虐待されていたことを告白するため、信用されない「時間のかかる不確かな開示」(5)性的虐待されていると明かしたとしても、秘密をバラしたという罪の意識に悩まされて実はウソだったと否定する「撤回」の5つ。そして、未成年の近親相姦被害者も、この「性的虐待順応症候群」に陥ることが多いとされている。

 2009年、人気テレビコメディに出演していた元子役のマッケンジー・フィリップスが、未成年の頃から人気歌手だった父親と近親相姦関係にあったと告白し、全米に大きな衝撃を与えた。

 彼女の父親は、60年代に大ヒットした伝説的フォークグループ「ママス&パパス」のジョン・フィリップス。2001年に他界しており、この件について何も語れないため、「フェアじゃない」「作り話なのではないか」「売名行為なのではないか」という声も上がった。しかし、専門家たちの多くが、マッケンジーのケースは典型的な「性的虐待順応症候群」だという見解を示している

 全米を驚愕させたマッケンジー・フィリップスの近親相姦告白とは、一体どのようなものだったのだろうか。


■若くして大金を稼いだマッケンジーの子役時代

 マッケンジーは、1959年11月10日、フォークシンガーのジョン・フィリップスとバージニア州の富豪一家の娘、スーザン・アダムズとの間に誕生。しかし、ジョンは地方ツアー中、十代のミシェルに出会い不倫関係となり、マッケンジーが3歳の時にスーザンと離婚。ミシェルを含む4人で「ママス&パパス」を結成。「夢のカリフォルニア」「マンデー・マンデー」などの大ヒット曲を飛ばし、フォークロック・グループの代表的存在となった。

 マッケンジーは12歳の時バンドを結成。そのパフォーマンスを観たキャスティング事務所にスカウトされ、ジョージ・ルーカス監督の伝説的映画『アメリカン・グラフィティ』で役者デビューを果たす。

 映画はヒットし、マッケンジーは注目され、テレビコメディ『One Day at a Time』にレギュラーとして出演。週に500万円稼ぐようになった彼女は、酒や薬物に手を出し、18歳の時、公共の場で泥酔し、コカインも所持していたとして逮捕されてしまう。そして、番組のリハーサルや撮影にも遅れるようになり、クビに。薬物過剰摂取(OD)で2度死にかけ、リハビリ施設に長期間入院するなど、アルコールと薬物依存に苦しむ生活を送るようになっていった。

 コメディ番組降板後は、父親たちと「ニュー・ママス&パパス」で活動したり、ディズニー・チャンネルの『どこかでなにかがミステリー』などに出演。細々と芸能活動を続けているが、薬物依存による法的トラブルも多く、落ち目になっていった。

 その後、世間からすっかり忘れ去れていた彼女だったが、2009年、全米から大注目を集めた。同年9月に出版された自叙伝『High On Arrival: A Memoir』で、実父のジョン・フィリップスと19歳の頃から近親相姦関係にあったと激白したからだ。

■父と近親相姦関係になるまで

 マッケンジーによると、彼女が父と初めて近親相姦したのは1979年。ローリング・ストーンズの取り巻きだったジェフ・セズラーとの結婚式を控えた前夜のことだった。

 ジョンは彼女の結婚に大反対しており、やめさせるためにフロリダに来た。そんな父を説得しようと、彼女は父が滞在していたホテルに行った。そこで2人は大量にドラッグを摂取。

 そう、マッケンジーとジョンは、10歳の時から「一緒にドラッグをする」という秘密を持っていた。ジョンは、10歳の娘にマリファナの巻き方を教え、彼女は11歳でコカインに手を出し、13歳の頃には親子でドラッグをシェアする仲になっていた。この時も、マッケンジーの結婚について、2人はドラッグをしながら語り合った。

 マッケンジーはこの夜、ハイになりすぎて意識が飛んでしまい、気がつくと父とセックスをしていた。「何やってるんだろう」と思うとともに、ドラッグをしていたため現実なのか幻覚なのか分からずにいたという。そして、次の瞬間、彼女の意識は再び飛び、目覚めた時は自分が滞在するホテルに戻っていた。

 取り返しがつかないことが起こったと思ったマッケンジーは、結婚式を中止。数カ月間、1人で悩んだ挙げ句、ニューヨークにあるジョンのマンションで、「フロリダでパパが私をレイプしたことについて話し合いたいんだけど」と切り出した。ジョンは驚いた表情で、「レイプなんかじゃないだろ? 愛を確かめ合ったんじゃないか」と返した。マッケンジーは、この時、巨大な黒い秘密を1人で背負わなければならないのか…と、絶望感に襲われたことを回想している。

 その後、数年間、マッケンジーがジョンと性的関係を持つことはなかったが、1981年に「ニュー・ママス&パパス」が結成され、ツアーで行動を共にするようになったのを機に、再びセックスをするようになった。夜、ジョンが滞在するホテルの部屋で親子2人コカインを大量に摂取する。朝になるとパンツが足首まで下ろされていて、隣で父が寝ている。記憶にはないが、明らかに父とセックスしていた。この時、父の妻(継母)は、まだ幼い子どもたちの世話で忙しく、ツアーには同行していない。

【近親相姦】妄想か、現実か? 父娘10年間の秘密の関係 「朝になるとパンツが足首まで下ろされて…」の画像4マッケンジー「Wikipedia」より

 その後、2人はハイになっていない状態でも性的関係を結ぶようになっていった。マッケンジーは父に求められるまま、抵抗せずにセックスをした。「父は境界を持たない人。愛情にあふれていたけど、薬物にもむしばまれていた」「父は悪人なんかじゃない。アルコールやドラッグ、色々なことに苦しんでいた。それを私に引き継がせたんだと思う」「近親相姦関係にあっても、父のことは愛していた。誘拐犯を愛してしまうストックホルム・シンドロームのようなものかもしれないけど」と、彼女は説明している。

 1990年、「ニュー・ママス&パパス」のライブを行うためハワイに滞在中、ハイになったジョンは、はっきりとした口調で、「このまま外国に逃げてしまおうか。こういうことが受け入れられている国に。まだ小さい3人の子どもたちも連れて行こう。2人の子どもっていうことにして育てよう」と言った。

 この言葉を聞いたマッケンジーは拒否反応を起こした。「私を妻にしたいというロマンチックなことを言いだした父に嫌悪感を抱いた。この関係は間違っているものなのに。そんなことしたら地獄だっていうのに」

 さらに実は当時、マッケンジーには交際相手がいた。彼はもちろん彼女が父親と近親相姦していることなど知らず、彼女は彼を深く愛していたという。そんな中、マッケンジーは妊娠。「目の前が真っ暗になった。おなかの赤ん坊の父親が、彼なのか父なのか分からなかったから」と回想する彼女は、近親相姦によってできた子供を産むことはできないと、中絶を選ぶ。そして、二度と、父に自分の体を触らせることはなかった。

 ジョンは娘が妊娠したのは、自分の子供である可能性が高いと知っており、中絶にかかる費用を出した。マッケンジーは中絶したことの罪悪感に悩まされ、アルコールと麻薬を断つ決心をする。ジョンにもリハビリするように勧めたが、ジョンは「オレはもういいんだ。大丈夫だから」と、拒否したという。

■マッケンジーの告白を信じる者、否定する者

 マッケンジーはその後、再びアルコールと薬物に手を出し、父と近親相姦した過去に苦しむようになる。そして、ジョンが亡くなる直前、父がしたことの全てを許したものの、薬物を断ち切ることはできず、さらに深く依存するようになってしまったそうだ。

 2008年、ロサンゼルス空港でヘロインとコカインを所持していた罪で逮捕、有罪判決を受けたマッケンジーは、更生することを決意。リハビリ治療を経て、「私のように長年1人で近親相姦に苦しんでいる人に、あなただけじゃないというメッセージを発信したい」と自伝書を執筆したのだった。

 マッケンジーは本が出版された直後、アメリカで強い影響力を持つオプラ・ウィンフリーが司会を務める国民的トーク番組に出演。オプラは、マッケンジーとジョンの近親相姦が始まった頃、ジョンの妻(3番目)だったジュヌヴィエーヴ・ウェイツの手紙を読み上げた。

 その手紙には、「マッケンジーはジョンにすごくベタベタする子だったけど、ジョンはそういう子だから……と、そのままにさせていた。ジョンはすごくいい人、どんなに泥酔しててもドラッグをやっていても、自分の子どもに手を出すような人じゃない。マッケンジーのひどい告発に驚いている」と書かれ、近親相姦はファザコンである彼女の妄想だと書かれていた。

 一方で、マッケンジーの異母妹であるチャイナ・フィリップスは、米芸能誌『USウィークリー』の取材に対して、マッケンジーと父が近親相姦関係にあったと信じていると発言。「マッケンジーからは97年に電話で近親相姦していたことを明かされた。作り話とは思えないような内容だったから、姉を信じる」とコメントした。

 近親相姦で注目を浴びたマッケンジーは、「こんな告白をしたら好奇の目で見られるだけ。マイナスにしかならない」とも警告されたが、「ドラッグやアルコール漬けの荒れた生活を送ってきた自分が長生きできるとは思えない。そういうこともあって自叙伝を書いた。私のように近親相姦で苦しんでいる人の気持ちを、少しでも和らげたいから」と語っている。

 薬と酒のせいか、54歳よりもずっと老けて見えるが、彼女は現在も女優活動を続けており、B級映画やテレビ映画などに出演している。そして、プライベートな時間は、Facebookなどを通して寄せられた近親相姦被害者たちからのメッセージに目を通し、彼らと悲しみや苦しみを分かち合い、励まし合う日々を送っている

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