人間イモムシ「ランディアン王子」 ― 架空の国の王子の数奇な人生

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price02.bmp王子と妻、公女セーラ(シィエラ)

 後に王子は「公女セーラ(シィエラとも)」と呼ばれる奥方との間に4人子ども(王子と姫君)を授かることになるのだが、と、ここで世にも奇妙な「皇太子ご夫妻」の画像をご覧いただきたい。公女はいわゆる健常者のようだ。

 奥方がプリンセスとされたのは、おそらく、王子の連れ合いなのだから公女くらいにしないと釣り合いがとれない…というジョークからなのだろう。

 それとも逆に、ヒンドゥー教徒であったセーラにあわせて、夫にいかにもそれらしい名をつけたというのが本当のところか?(ちなみに、パキスタンにランディアンという街がある)

 いや、単にそれは、王子のほぼ唯一の芸に由来するものなのか…。唇だけでタバコを操り、マッチで火を点ける超絶技巧で彼は知られていた。ちなみに、ランディアン(Randian)という英語には燃焼の意味がある。


■王子の芸と秘められた日常

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ランディアン王子と、同時代の畸形芸人ジョニー・エッグ氏

 抜群のキモ可愛さから来る人気とは対照的に、彼の芸域は決して広いとはいえないものだった。タバコ芸を別にすれば、ほかにできたのはわずかに、体にぴったりとフィットした、筒状のウールの衣服を身につけて(すると、イモムシや蛇、またジャガイモに見える)腰と肩を小刻みにゆり動かしながら、好奇と哀れみと蔑みの入り混じった視線にさらされながら、ステージを粛々と一周することだったという。

 けれども、伝えられるところでは、彼は、自分の出し物に使う小道具類の一切を、自作の色塗りの木箱にしまっておいたのだという。しかも、彼にしか解錠できないロック付きの。つまり、手も足もないはずの王子は、工作に長けていたのだ。

 また、木片にはめ込んだカミソリに顔を押し当てて、上手にヒゲも剃ったし、ヒンディー語のほかに英語、フランス語、ドイツ語を流暢にこなしたという。五体不満足に見えて、プリンスは健常とされるわたしたち以上の能力を持っていた可能性がある。なにしろに、4人もこどもをこさえたのだし─。


■ガイアナの空へ

 かくして、王子の畸形芸人としての人生は、つつがなく過ぎゆき、やがて還暦を迎えた…。

 1934年12月19日のことだった。ランディアン王子はサム・ワーグナーの14番街ミュージアムでの出し物を終えてまもなく、午後7時をまわった頃、何の前触れもなく、この世を去った。享年63才だった。

 遠い南国に奴隷の子として生まれ、名前さえもらえなかった、見捨てられた生命は、不具の肉体とこの世という穢土の二重のいましめを解かれた後、透明な魂と化して、故郷ガイアナの空に向かって旅立ったのだろうか?  王子の生と死を前にして思う。人間にとってなにが幸福で、なにが一体不幸なのかと。 えっ? おまえは、どうかって? 筆者の幸福ページビューが増えてギャラがあがること。不幸は…ま、それについてはいずれ、また、お話しましょう。
(文=石川翠)

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※この記事は、一部の読者への配慮として「超刺激」コンテンツに入れております。

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