神戸女児遺棄事件と類似 ― シンガポール犯罪史上最も後味が悪い「黄娜殺人事件」の悲劇とは?

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 10月19日と20日。警察は黄娜が行方不明になった日、パシル・パンジャン卸売市場で彼女と遊んでいるところを目撃されたトゥック・レン・ハオという男から事情聴取した。トゥックは1981年生まれのマレーシア人。18歳の時によい賃金の職を求めてシンガポールに向かい、パシル・パンジャン卸売市場で野菜を梱包する仕事に就いていた。黄娜とは顔なじみで、遊び相手をしてあげることも多く、お腹をすかせた黄娜に軽食を買ってあげたり、バイクに乗せてあげたりすることもあったという。

 トゥックは警察に対して、「3人の中国系の男たちが黄娜を連れ去るのを見た」と証言。警察は「念のため、署でポリグラフ検査(科学的な虚偽検出)を受けて欲しい」と要請し、トゥックも了解したが途中で逃げ出した。もともとトゥックを怪しいと睨んでいた警察は血眼になって捜索をし、これ以上逃げられないと観念したトゥックは10月30日、警察に出頭。パシル・パンジャン卸売市場で、いつものように黄娜とかくれんぼをしていた際、誤って彼女を絞め殺してしまったと自白した。


■警察も憎悪した、トゥックの自白内容

 トゥックは警察に対して、「いつものように物置部屋でかくれんぼをした。黄娜の足首を縛り、部屋の電気を消して外に出て、彼女が隠れるのを待った。しばらくしたら大きな音がした。驚いて電気をつけると、黄娜が床に倒れていた。口の右端から血が流れ、目はカッと見開き、大量におもらしをしていて……。ビックリしてしまい頭が真っ白になり、どうしたらよいのか分からなくなってしまった。痙攣している彼女を眺めているうちに、『首を手でチョップすると意識が戻ることがある』というのをテレビで見たことを思い出し、黄娜の首を繰り返しチョップしたが、さらに多くの血を吐き出してしまい、パニックになり両手で首を強く絞めてしまった」と述べ、暗闇の中で黄娜が転んで頭を殴打し、痙攣を起こしたので彼なりに助けようとしたのだと説明。

 首を繰り返しチョップしたのも強く絞めたのも彼女を助けるためという、とても信じられないような言い訳に憤りを感じていた警察官は、続けてトゥックが発した言葉に、吐きそうになったという。

「黄娜が突然しゃっくりを始めたので、止めようと彼女の首を3回足で踏みつけた。黄娜の目は開いたままで顔の色が灰色に変わってきたので怖くなり、彼女が着ていたジャケットを脱がせて顔にかけた。足首を縛っていたのでパンツを剥ぎ取ることはできなかったけれど、自分の右手を(パンツの)中に入れて中指を彼女の中に入れた。肛門だったか、膣だったかは分からないけど……、肛門だったと思う。なんで入れたのかはわからない。しばらくして指を抜いて、夢を見るような感じでその指を見つめた。その後、黄娜を見ると下半身からも血が出ており、びっくりしてしまった」

 警察は、トゥックの自供内容は、罪が軽くなるように作った話だと確信。司法解剖と現場検証の結果、トゥックが市場の物置部屋で黄娜を全裸にさせた上で性的暴行を加え、口封じのために首を絞めたり、叩いたり踏みつけたりしながら殺害したと断定した。

 黄娜の遺体だが、トゥックの自供通り、テロック・ブランガー・ヒル・パークの雑木林の中に捨てられるのを発見された。身長わずか120cmの遺体は足を抱え込むような形で9枚に重ねたポリ袋の中に入れられ、さらに段ボール箱に入れられガムテープでグルグル巻きにした状態で遺棄されていた。赤道直下のシンガポールは1年を通して気温が高いため、遺体の腐敗は酷く進み、溶けてしまっていたと発表された。


■娘の死後、豪邸を購入した両親

 トゥックの裁判は2005年7月11日に開始され、弁護士は被告が統合失調症を患っており、事件当時、心神喪失だったと主張。しかし、裁判官は「精神病歴の記録はなく、黄娜殺害、遺体遺棄は計算した上で行った。被告は冷酷な殺人鬼だ」として、8月27日に死刑を言い渡した。

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