御嶽山噴火で考える ― 「御嶽山と御岳山の表記、中国人強制連行、次なる地震…」木曽路をめぐる因果

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■木曽「三浦氏」発祥の地:滝越地区

 また、報道では「滝越地区」が取り上げられています。台風18号に伴い大雨洪水注意報が出たため、同地区の10世帯に避難勧告も発令されました。ここは三浦姓が多い集落で、「木曽『三浦氏』発祥の地」としても知られています。平家の落人である三浦氏が木曽まで逃げて来たという説がありますが、なぜ逃げた場所がここだったのかは判明しておりません。

 この地区までは自動車で行くことができますが、この先は歩きではないと進めない国有林の林道が続きます。私は以前、この林道の先にある「三浦ダム」を目指したことがあります。結局、当時は取材の許可が下りず、断念してしまいましたが。


■治安維持法を外国人に初適用した木曽谷事件の舞台

 記者時代、私は第二次世界大戦中、三浦ダムなどの木曽谷でダム建設が行われる際に中国人が強制連行されていた事案について取材をしていました。地元の人は、あまり接触がなかったこともあり、当時の証言をまとめた記事がなかったのです。

「外務省報告書」によると、木曽谷ではダム建設のため、四つの事業所(鹿島御岳、間御岳、飛島御岳、大成上松)に2,014人が連行されてきました。また、「労働省保管連行者名簿」によると、朝鮮人は「自由移入」で約6,000人。官斡旋で約3,800人が木曽谷に来ていました。王滝村の飯場は間御岳、つまり間組が取り仕切っていたのです。ここには723人の中国人がおり、死亡率も最多でした。

 また、隣の三岳村(現在の木曽町)にあった事業所・鹿島御岳は699人が送り込まれていました。過酷で労働環境が悪かったため、“木曽谷事件”と呼ばれる暴動が起きました。そして、初めて外国人に対し、治安維持法が適用されたのです。損害賠償訴訟が起きて有名となった花岡事件よりも前のことでしたが、木曽谷事件は裁判にはならなかったのです。

 取材を再開しようと思っていましたが、それより先に今回の御岳山噴火が発生してしまいました。まずは、犠牲者たちに追悼の意を表し、またいずれは私を記者として成長させてくれたこの地で、人々の声を届けていきたいと考えています。
(文=渋井哲也)

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