• このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント0

【シリアルキラー・猟奇殺人 完全紹介シリーズはコチラ】

 1996年、ウクライナは恐怖に包まれていた。首都キエフを中心とした一体で連続殺人事件が発生し、40人を超える被害者が出ていたが警察は容疑者を特定できずにいたからだ。犯人は夜更けに家に侵入し、一家全員を殺害し、金目の物を奪った上で家に放火し、証拠を隠滅。被害者にはこれといった共通点はなく、殺される理由なども見当たらない普通の人たちばかりで、市民たちは「次は我が家かもしれない」と恐怖に震え上がっていた。

onoprienko0224-7.jpg
当時のパトロール現場「YouTube」より

 住民たちは日が落ちた後は外出しなくなり、1人暮らしをしていた若者たちは実家に戻り、家に窓格子や地下室を作り、姿の見えない恐ろしい殺人鬼に備えた。学校は休校になり、日夜問わず軍人たちが町をパトロールするようになり、まさしく国をあげて犯人を警戒するようになった。


■ウクライナ史上最悪の連続殺人犯

onoprienko224-2.jpg
アナトーリ。「YouTube」より

 始まりは、1995年12月24日。キエフ郊外の住宅街に住む一家が自宅で皆殺しにされたおぞましい事件だった。犯人は、街が寝静まった夜更けに家に忍び込み、夫婦2人を銃殺。子どもたち2人を絞殺し、金目の物を奪った後、指紋や足跡などの痕跡を消すために放火して逃走。これを皮切りに同様の事件が次々と起こるようになり、わずか3カ月で40人もの罪のない家族らが殺害されたのだ。

犯人は捕まらないのではないか?」と、町には絶望感が漂っていたが、意外にもあっさりと逮捕された。

 というのも、96年の2月に襲撃したある家を放火しなかったため、そこに残された銃弾から足がついたのだ。犯人の名前はアナトーリ・オノプリエンコ

 警察の取調べに対して「捕まってよかった。止められなくなっていたから」とボソッと言い、1995年から1996年にかけての連続殺人と過去に犯した複数の殺人、合わせて52人を殺害したことを認めた。ウクライナ史上最悪の連続殺人犯であるアナトーリの身柄は、地元警察から内務省に移されたが、彼はふてぶてしさを増し、「スイーツを1kg、ソーセージとクラッカービスケットも用意しろ。話はそれからする」と言い放った。

被害者の最期を観察するのが好きだった。最期の息を吸う瞬間や、死ぬ瞬間。生きようと必死にもがく姿とかね」「オレは悪魔の学校に通わされた天使だ。統合失調症やらヒットラーやら酷いこと言われたけど、別に何とも思わなかったね」と無表情で淡々と語り、「オレはどこにでもいる男だ。平凡な男だ。そう、誰でも殺人鬼になれるんだ」と明言したアナトーリ。彼の人生とは、一体どのようなものだったのだろうか――?

コメントする

お名前
コメント
画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。