49人を残虐な方法で殺害したピチュシキン!! 「公園のマニアック」と呼ばれた男の異常な殺人欲=ロシア

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■ハンマーで顎を砕いた

park0325-1.jpg実際に、ピチュシキンが再現していた時の映像より「YouTube

 警察はアレクサンドルをそれぞれの犯行現場へと連行し、マネキンを使い殺人を再現させた。アレクサンドルはベテラン捜査官が驚くほど饒舌で、「自分がどうやって相手をハンマーで殴り、相手がどういう呻き声をあげて、どちら向きに倒れたのか」「倒れた相手の頭部をどう殴り、どのようにヴォッカの瓶を頭につっこんだのか」などなど、こと細かく説明した。氷のような感情のない目で、「死んでるくせに、口からゼーゼーって音が出続けてたからハンマーで顎を砕いた」などと言った。2002年1月18日に飛び降り自殺として処理された40歳のホームレスも、アレクサンドルがヴォッカをあげるとアパートの屋上に誘い突き落として殺害したこと認めるなど、殺す機会があれば即実行に移すという異常な心理を曝け出した。被害者は年配のホームレスが多かったが、それは“酒でつりやすい”からで、殺せるのなら子どもでも、若者でも、女でも誰でもよかったとも明かした。

tumblr_lykxbw3UzV1r8c8t1o1_500.jpg被害者たち「mibba」より

 しかし61の殺人事件はアレクサンドルの自供によるもであり、証拠はゼロ。殺すため使ったと提出したハンマーが本当に使用されたのかも分からない。そんな中、ベテラン科学捜査官は2005年12月19日に公園で殺害された64歳のボリス・クリシンの遺体傷口からプラスチックのかけらを発見。アレクサンドルが提出したハンマーを調べたところ一部がはがれており、被害者の遺体からでてきたかけらと一致した。警察は求めていた「アレクサンドルが連続殺人鬼だという確実な証拠」をやっと手に入れたと大喜びした。


■ピチュシキンの生い立ち

 1978年から1990年にかけて52人の女子どもを殺害したアンドレイ・チカチーロを超える連続殺人鬼だと自白したアレクサンドル。悲惨な生い立ちだったアンドレイと比べるとそれほどでもないが、アレクサンドルの幼少時代も、またつらいものだった。アレクサンドルは1974年4月9日にモスクワに誕生。人懐っこい子どもとして周囲の大人に愛されながら育った。ビツァ公園近くにある住宅街のアパートで母と姉妹と共に暮らし、勤務先であるスーパーマーケットでの評価もよく、大人になっても人あたりは相変らずよく、誰もが彼をフレンドリーだと証言している。

pichs0325.jpg幼少期のピチュシキン

 しかし、彼は幼い頃にブランコで遊んでいた際、後ろ向きに倒れ落ち、勢いよく戻ってきたブランコで額を強打するという事故にあっており、その後、かんしゃくを起こすことが多くなった。恐らくブランコの事故で脳になんらかの障害を負ったのだろうと見られている。集中力がなく反抗的な彼のことを「手に負えない」と感じた母親は普通学級から特別支援支援学級に無理やり編入。そのことで、普通学級のクラスメイトからいじめられるようになり、彼は内面に怒りをためこむようになっていった。

 そんなアレクサンドルのことを「この子は頭のよい子だ」と認めてくれたのが母方の祖父だった。「頭がいいのに、本当にもったいない」と、高学年になった彼をひきとり、チェスを教えこんだ。ビツァ公園で開催されるチェス大会にも参加させた。祖父の期待以上にアレクサンドルはチェスのセンスがあり、大会では好成績をおさめるようになった。アレクサンドルは内面にためこんだ怒りをチェスで勝つことで発散させていった。チェスで勝つことで支配感を得られ、いじめっこたちに勝ったような気分になれたからだ。

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