絶命した朝鮮人労働者たちの声なき声 ― 異様な冷気に満ちた「吉見百穴」、もうひとつの顔

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • コメント3

yoshimi205.jpg

■日本の歩みを無言で物語る

 手掘りの痕跡を眺めつつ、さらにトンネルの奥へと足を踏み入れていくと、時折、独特な冷気が頬を撫でる。壁面に掘られた段階別の窪みは、おそらくそこからの何らかの拡張性を想定して用意されたものであろうが、当時の残置物が現存しないため、その詳細については不明だ。また、この地下トンネルには、錆びた冷たい鉄の格子がはめられており、その奥へと進めぬようになっている箇所も存在している。

 果たしてその奥に何が存在しているのか、はたまた何も存在していないのかは、現代の我々が知る術もない。わかっているとすれば、この薄暗い空間に広がる世界を作り出した人々が、付近で自生するヒカリゴケの幻想的な光すら目にすることもなく、過酷な労働を強いられ、絶命したことくらいのものだ。

 前回も触れたように、作家・武田泰淳はその小説『ひかりごけ』の中で、やむにやまれぬ事情から、仲間の肉を裂き、喰らい、命を永らえた人々の姿を描いた。そこに登場した船乗りたちは、そのいずれもが、この第二軍需工廠855号の建設に投入された朝鮮人労働者と同様、軍によって徴用された人々であった。

yoshimi206.jpg

 戦後、80年以上もの時が流れ、平和な世に生きる現代の我々にとって、その辛苦に満ちた日々は想像することすら難しいものであるが、そこから続いて今の時代へと至った日本の歩みを、ヒカリゴケだけはいつでも変わることなく、無言で見つめ続けている。
(写真/文=Ian McEntire)

Ian McEntireの記事一覧はコチラ

コメント

3:見学しました。 2017年11月9日 08:37 | 返信

確かに吉見百穴の中に基地跡がありました。
看板があり、従事した韓国人労働者達は帰国を惜しんで桜を植林されたと書かれていました。

2:釣本直紀 2016年7月13日 14:40 | 返信

嘘、大袈裟、紛らわしい見出し。
コロポックルと吉見百穴は本文にも有るが無関係なものだし、軍需工場跡は吉見百穴とは全く別の施設だ。何故わざわざ「吉見百穴」という単語を題名に冠するのか。

>そのうち何人が生きてこのトンネルの外へと出、本来あるべき日常へと戻ることができたのかは、今となっては知る由もない。
>日本人ですらろくに食う物がない時代に、単なる労働源として重用されてきた外国人労働者たちが、どのような環境下で作業に従事していたかは、殊更説明すべくもないことだろう。

記事というものはちゃんと調べてから書くべきだ。説明が面倒臭いという記者の都合を「知る由もない」「説明すべくもない」という一文で誤魔化している。
物書きとしての態度が三流。

1:釣本直紀 2016年7月13日 14:39 | 返信

嘘、大袈裟、紛らわしい見出し。
コロポックルと吉見百穴は本文にも有るが無関係なものだし、軍需工場跡は吉見百穴とは全く別の施設だ。何故わざわざ「吉見百穴」という単語を題名に冠するのか。

>そのうち何人が生きてこのトンネルの外へと出、本来あるべき日常へと戻ることができたのかは、今となっては知る由もない。
>日本人ですらろくに食う物がない時代に、単なる労働源として重用されてきた外国人労働者たちが、どのような環境下で作業に従事していたかは、殊更説明すべくもないことだろう。

記事というものはちゃんと調べてから書くべきだ。説明が面倒臭いという記者の都合を「知る由もない」「説明すべくもない」という一文で誤魔化している。
物書きとしての態度が三流。

コメントする

画像認証
※名前は空欄でもコメントできます。
※誹謗中傷、プライバシー侵害などの違法性の高いコメントは予告なしに削除・非表示にする場合がございます。