絶命した朝鮮人労働者たちの声なき声 ― 異様な冷気に満ちた「吉見百穴」、もうひとつの顔

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■日本の歩みを無言で物語る

 手掘りの痕跡を眺めつつ、さらにトンネルの奥へと足を踏み入れていくと、時折、独特な冷気が頬を撫でる。壁面に掘られた段階別の窪みは、おそらくそこからの何らかの拡張性を想定して用意されたものであろうが、当時の残置物が現存しないため、その詳細については不明だ。また、この地下トンネルには、錆びた冷たい鉄の格子がはめられており、その奥へと進めぬようになっている箇所も存在している。

 果たしてその奥に何が存在しているのか、はたまた何も存在していないのかは、現代の我々が知る術もない。わかっているとすれば、この薄暗い空間に広がる世界を作り出した人々が、付近で自生するヒカリゴケの幻想的な光すら目にすることもなく、過酷な労働を強いられ、絶命したことくらいのものだ。

 前回も触れたように、作家・武田泰淳はその小説『ひかりごけ』の中で、やむにやまれぬ事情から、仲間の肉を裂き、喰らい、命を永らえた人々の姿を描いた。そこに登場した船乗りたちは、そのいずれもが、この第二軍需工廠855号の建設に投入された朝鮮人労働者と同様、軍によって徴用された人々であった。

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 戦後、80年以上もの時が流れ、平和な世に生きる現代の我々にとって、その辛苦に満ちた日々は想像することすら難しいものであるが、そこから続いて今の時代へと至った日本の歩みを、ヒカリゴケだけはいつでも変わることなく、無言で見つめ続けている。
(写真/文=Ian McEntire)

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